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【原宿団地】原宿団地の上告審

渋谷区神宮前3丁目に総合設計制度を利用して建設中の「ザ・神宮前レジデンス」は、近隣住民が東京都がなした総合設計許可処分を取り消しを求めて、最高裁に上告している。平成24年4月17日に上告受理申立を提出しているが、現在、最高裁より何の連絡もなく、1年以上にわたり審議が続けられることは、異例であるという。
以下、上告受理申立理由の要旨である。

本件は、東京都知事がなした総合設計許可処分の裁量の逸脱・濫用の有無が争われている事案である。
本件総合設計に際して設けられる広場状公開空地の大半が日照がゼロ時間というものである。このような広場状公開空地では、広場状公開空地に期待される公園としての機能を発揮し得ない。総合設計許可処分をなすにあたって、最も考慮すべき事情は、総合設計によって生み出される公開空地の質である。東京都知事は、総合設計許可処分にあたって最も考慮すべき事項である公開空地の質を全く考慮していない。これは、東京都知事に与えられた裁量の逸脱・濫用にあたる。
最高裁判所の行政庁の裁量処分審査においては、判断過程審査を取り、考慮要素を考慮したかについて、考慮要素をウェイト付けしながら審査をしているところ、原判決は、そのような考慮要素に着目した審査を行うことなく「総合的に考慮」したので「合理的裁量の逸脱があったと認めることができない」と何が「合理的裁量」なのか具体的に理由を述べることなく、極めて抽象的な判断を行った。
したがって、原判決には、判例違反があり、本件上告を受理し、上告受理申立人らの権利救済を速やかに図られたい。



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【原宿団地】妙円寺が竹中工務店に損害賠償請求を提訴

渋谷区神宮前3丁目のザ・神宮前レジデンス(旧原宿団地)において、施工者・竹中工務店の近隣に対して配慮に欠ける工事をしていることは、9月19日の本ブログ記事で紹介した。

下の写真にあるように、防音・防塵シートが半分しかないため、隣接している妙円寺の墓地に、液体状のコンクリートが飛散して、墓石に付着するという事件が起きている。
10月3日、妙円寺は竹中工務店を相手取って、330万円の損害賠償請求を提訴した。
日本を代表するゼネコンである竹中工務店が、このような事件を引き起こすとは信じられない。

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【原宿団地】ザ・神宮前レジデンスの施工者である竹中工務店はどうなってるんだ?!

渋谷区神宮前3丁目のザ・神宮前レジデンス(旧原宿団地)は、周辺住民の反対にもかかわらず建築工事が進められているが、近隣住民が施工者・竹中工務店の配慮に欠ける工事に抗議の声を上げている。
下の写真にあるように、防音・防塵シートが半分しかないため、隣接している妙円寺の墓地に、液体状のコンクリートが飛散して、墓石に付着するという事件が起きている。
竹中工務店は「墓」をどのように考えているのだろうか。経費節減のためには、人の宗教感情を踏みにじるのであろうか。


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何故、防音・防塵シートが半分しかないのだろう

【原宿団地】近隣の擁壁工事に法外な価格を提示?

渋谷区神宮前3丁目の原宿団地の再開発工事に関して、以下のような情報が渋谷オンブズマンに寄せられた。

再開発地と隣接地との間にある擁壁の工事において、再開発業者側が、狭隘地における擁壁工事は、重機が利用できず人力によらざるを得ないので、工事費が割高になると説明して工事を行った。
ところが実際には、重機を利用しての工事であったにもかかわらず、割高の工事費をそのまま請求して、隣接地住民はそれを支払ってしまった。住民は他社に照会したところ、半分以下の工事費でできると言われた。

住民は法的措置を視野に入れて、工事費の一部を返還請求するようである。

【鶯谷環境訴訟】行政訴訟原告住民が人権救済申立を提出

渋谷区鶯谷町における住友不動産(株)の開発事業に反対して、開発許可取消及び建築確認取消を争っている住民らが、東京第二弁護士会に人権救済申立を提出したことがわかった。
以下、申立書である。


申  立  の  趣  旨

私たちは東京都渋谷区鶯谷町17-1に住み、ごく普通の市民生活を営んでいる者です。
日本国憲法の前文では、国民一人一人は恐怖と欠乏から逃れ、平和に生存する権利が明文化され、さらに13条では個人としての尊重、22条では生命・自由・幸福追求の権利、25条では健康で文化的な最低限度の生活の保障・生存権、さらに29条では財産権などとともに、環境権・人格権などともに保障されています。
渋谷区長は平成19年1月21日、住友不動産株式会社(以下住友不動産)の「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」(所在地・渋谷区鶯谷町13)に開発許可を与えるに当っては、予見と予断を持って当たり、22年8月26日に開発完了公告を出しました。
この第2種低層住宅専用地域のど真ん中に出現した、マンション「ラ・トゥール代官山」は、地下2階・地上6階の鉄筋で、都市計画法・建築基準法に違反した建築物であり、近隣住民の環境を破壊と人権を侵害する建築物でありますが、とりわけ隣接地に住む私の日常生活は滅茶苦茶に破壊され、人権と人格権・環境権・健康・生命・財産の危険に曝され、毎日が耐え難い苦痛を強いられています。
以下にその事実を述べ、現場検証を含めた調査によって、住み慣れたこの地で安心・安全な生活ができるようお力を貸して頂きたく申立てます。


申  立  の  実  情

第1 渋谷区都市計画部職員さえ人権蹂躙を認識
渋谷区長は、住友不動産の「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」に、平成19年1月21日開発許可を与え、2年7ケ月後の平成22年8月26日、この時点の現場は、開発工事が許可通りに行われたどうかを確認しようにも、既に地下2階・地上6階の鉄筋マンションが建ち上がり、開発完了現場は確認できないまま「開発工事完了公告」、そして7日後の9月1日には「建築工事完了公告」が出されました。しかし住友不動産は同月2日から再工事を開始し、工事が完了したのは同年10月17日です。
この再工事が完了した直後、私は先の完了工事検査を行った渋谷区都市整備部都市計画課土地利用審査係を訪ね、私の私的居住空間が世間に丸見えになった理由を質問したところ、職員は回答を拒否しながらも一方で、その是正を住友不動産に取り次ぐと申し出ましたが、私は恩恵的な対処については丁重に断りました。
その後、平成23年12月初旬渋谷区都市整備部築課調査係を訪ね、住友不動産が行った再開工事前・後の図書の公開を求めたところ、同書が不存在のため、同課職員2名は開発地の検証に立ち会に応じてくれました。目の前の巨大マンションと公開空地(歩道状空地)と区域内道路の接道位置と門扉、同建物の窓に反射して映る光害、公共空地の隠しカメラ、私の家と境界フエンスなどを確認するとともに、それをカメラに収めました。
そし同職員は環境の破壊が私ばかりか住民の人権・生命・財産・健康・人格権の侵害に及ぶことを目の当たりにして、応急処置としてマンション窓の目隠し、公共空間の隠しカメラの撤去を住友不動産に伝えるとの言でした。その際、私は本工事を担当した西松建設の責任者から、この再工事は設計ミスであることの証言を得ていることを伝えました。
また、渋谷区都市整備部長は、この開発計画の根幹をなす区道問題(後述)については、渋谷区の処置の誤りを認めて陳謝しています。
ところで、私の住居は開発以前は、開発地の北側に接続し境界は万年塀で区切られていましたが、マンション計画はこれを取り壊して、鋼鉄線の透け透けのフエンスと植栽に変更しました。こうして私の住居はマンションA棟の各層の北面から常時見下され、区画変更工事によって公開空地(歩道状空地)・区域内通路から、その距離は2.6メートルになり、リビングは掃き出し口から天井まですべて覗かれることになり、そして人工的に切り下げた提供公園からの吹き抜け風は、風力を加速させて家を揺るがすほどになりました。
私の小住宅は、建築基準法をクリアーした木造2階建、敷地南面は万年塀を境界にして西松建設株式会社(以下西松建設という)の、エバーグリーンパークホームズと接した自然環境に恵まれた静穏の地でした。
1万7千平方米の外国人向けの賃貸住宅と向かい合った、私の家の間取りは、北に玄関をとりながら南面にダイニングルームと左側に和室兼寝室が隣り合い、リビングルームはワイドの引き違いのガラス戸、寝室は標準仕様、双方ともに掃き出し形式で露地に降りることができ、そして2階はそっくりそのまま持ち上げたもので、掃き出し口からベランダに出られます。
世間一般の住宅設計では、玄関が通路に面している場合は、生活空間は腰高の壁とか不透明のガラス窓などで遮られるのが普通ですが、この開発計画は当初から私の生活空間を、マンションから見下し、公開空地から直接に覗ける設計であり、完了公告後の再開工事はそれを拡大しました。
こうして、私のリビングと寝室は日の出から日没まで、晴れの日も曇りの日も、毎日カーテンと雨戸は閉じたままの生活が強いられ、屈辱と悲しみ、恥ずかしさの毎日となりました。これは人間が人間として生きる権利を奪い、人間の尊厳、人が人と生きていくことの否定であり、誰が見ても客観的に人権の侵害は明白であります。
これが渋谷区長が住友不動産に許可した、「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」の実態であり、渋谷区長は住民の福祉と生命の安全に配慮することを忘れた、一私企業への利益幇助の事実であります。区長はこの計画は敷地境界線から12メートルの距離があり、日照も確保され、道路も公園も提供し、掘り下げた地盤面は崩落の危険がないなど、「許容の範囲」などという言語を用いた言い分です。
それが如何に根拠のない、子供だましの理屈にならない出鱈目な論理であり、現実離れのした形式論であることを反駁しても気付こうとしません。
その後の渋谷区の職員の話によれば、渋谷区として住友不動産に対してマンションのガラス窓への植栽、隠しカメラの撤去を勧告したところ、同社は口頭ながら手直しには応ずる用意はないということと、変更工事は行っていないうえ、提出すべき書類も存在しないと言うことであります。

第2 静穏な住宅専用地域にある、私だけの聖域

私が創り上げた環境に、朝が訪れます。
私たちは起床し、窓をいっぱいに開け放ち、清浄な空気を部屋中に取り入れ、それを存分に吸い込み、吐き出し、一日の活力の源泉と吉凶を占います。
そして、寝室からダイニングへ移動すると、新聞を読み、食事の摂取・排泄・生殖までのさまざま営みはここが拠点になります。電話の受発信も、家事も読書も、欠伸も屈伸も、来客との歓談も、時としては諍いも、労働の後の夕餉や談笑、風呂上がりの裸姿も、私たちのありとあらゆることが中心になって営まれます。
そしてマンションと公開空地に待ち構える観察者たちは、私たちが今何をしているか、どう動こうとしているのかまで予測できるうえに、不在を容易に知り得る進入者は、玄関から堂々と上がり込むことさえできます。
私は何の罪科も犯していないのに、どうして世間の晒し者になる「刑罰」と同様な不利益、冤罪にも等しい「日陰者の生活」を強いられ、さらに住み慣れた土地から追い出されなければならないのでしょう。すでに同居していた息子は、工事開始とともに別居を余儀なくされています。
リビングからでも寝室からでも、降り立つことができる8坪余の露地は、庭園デザイナーの手を借りて作庭された和風小庭園です。そして万年塀を背にした石組みの中心に自然石の石灯籠を据え、その背後には梅を主木に、椿・木蓮・花蘇芳・南天の植栽があり、低木のまんりょう・千両・躑躅・さつき・枯れ死した楓・山椒・沈丁花や草花が植えられた自然空間は、日本の四季の変化が楽しめる空間です。
家内が米のとぎ汁を植木に散布すると、わずかな米滓に雀が群がるのを観察でき、冬眠から醒めた春の季節は、梅の木の開花からはじまり、鶯は自慢の美声を聞かせてくれ、この梅の木はこの年頃は、10キログラムほどの実の収穫があり、やがて梅酒になります。椿と木蓮や花蘇芳の咲き終った後には、木々は一斉に芽吹きながら新緑の光景へと変化しますが、成長から取り残されたひこばえの剪定や、毛虫類の大量発生に驚愕しながら、さらに軒先の花壇の手入れと水遣りを怠るとたちまち萎れ、休む暇もない多忙さに追わる時間は、日常を忘れることのできる至福の時でした。
梅雨の合間の梅の実もぎ、自家製梅酒造りと梅漬けに励み、また、土用を迎えると漬け込んだ梅は、3日3晩の炎天下の乾燥と夜露に晒した後に、わが家自慢の珍味となります     
日影の長い秋の到来とともに柿の実は色づき、ガラス戸越しに望む風景の中に、成熟した実を目掛けて目白や尾長の野鳥が競って啄み始め、かれらは丁寧に一つを食べ終えてから次へと移りますが、居ながらにしてバ-ドウオッチングと賞味を堪能できました。    
しかし、この甘柿の直下、露地の西南はゴミ箱・掃除用品や園芸道具など、およそ表に出せない雑物、他人から見られたくない、見せたくない秘密・秘匿したい最奥の部分です。ここが住友不動産の公開空地(歩道状空地)の裏側と何の障壁もなく一方的に繋げられてしまいました。
この私の大切にしている聖域に、自ら降り立つことができなくなりました! 
外からは知らない目が注がれ、威圧感・圧迫感・恐怖観・喪失感などの精神的・情緒的被害に苦しめられ、発狂するばかりです。人格権は,みだりに自分の私生活を公開されない権利,つまり「勝手に放っておかれる」権利です。各人の私生活はその人にとつてのサンクチユアリーであり,各人は「一人でいることに由来する幸福」を追求する権利を憲法でも保障され,第三者がこのサンクチユアリーに立入ることは許されるはずはありません。
プライバシー権とは,個人の私生活に関する事柄(私事)や、それが他から隠されて干渉されない状態を要求する権利、公共的空間から私的空間が見えないこと,覗かれないことであり,そのためには不透明さが要求され,私的な空間は保護されています。「不透明の空間」は他人から「私」が見透かされない空間であり,その不透明空間においては「私」はどのような行為をしようが第三者から干渉されない場です。この小空間は世間から「完全」に隔絶した「私の聖域」であります。私の意志を超えて公衆の面前に晒すはずもないし、他人が覗いてはならない「閾(しきい)」の内側にある「私のこころの擁壁」です。
私の選択した環境、その環境への介入が人権と人格権の侵害です。

第3 渋谷区と住友不動産が結託した、総合設計と言う誤魔化し

日本国憲法では国民の健康で文化的な生活を守り、国民が幸福を得る権利を保証しています。この権利は国民が一方的に国家に要求するものではなく、国民が憲法を基本にして整備された法秩序というルールを遵守するたゆまぬ努力によって実現するものであります。とりわけ都市に生活する人びとは、限られた土地に多数の人々が居住していますので、都市計画法及び建築基準法が作られ、市民のすべてがその規定に従うことによって憲法に規定された良好な環境を享受する権利が保障されることになっています。
そもそも、この地域には総合設計を導入しなければならない、道路の混雑とか建築物の混乱などの解決しなければならない、客観的理由がないにもかかわらず、区長の主観的判断によって決められたものです。
渋谷区長が、住友不動産の「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」開発に対して、平成19年1月21日開発許可を与えたマンション・La Tour DAIKANYAMA For Rent(ラ・トゥール代官山)は、鉄筋コンクリート造りの139戸の高級マンションで、賃借料(100万円~600万円/1ケ月、保証金4ケ月、2年更新)、六本木ヒルズと並ぶ東京都内屈指の不動産商品で、一私業への莫大な利益幇助を、計画以前から予断と予見をもって約束を与えたものであります。
出来上がった建築物は、一棟の建築物であり、その一棟の建築物を10棟の建築物と見せかけ、確認申請をおこないました。それを都市計画法上の「一団地の住宅施設」の決定なしで建築基準法86条の規定(一団地の計画基準)を適用し、内部道路部分も敷地とみなし容積を違法に拡大し、それを再度、一建築物にしか適用できない「総合設計制度」を違法に適用し、容積と高さの緩和をしましたが、その結果作られた建築概要は以下のようなものです。
(A)9m道路側のアプローチ部分を除く開発
敷地街区の面積          12,094㎡
(B)街区を形成する幅員6mの新設道路   370㎡
(C)街区内敷地面積           11,724㎡
(D)全体建築面積(建築物水平投影面)  9,000㎡
(E)容積対象延べ面積       29,300㎡
(F)法定建ぺい率(40%) (D)÷(A)=   74.4%(違反の割合1.92倍)
(G)法定容積率(200%) (E÷(A)=   242.3%(違反の割合1.21倍)
(H)法定建築物高さ(12m)(地盤面操作)   20m(違反の割合1.6倍)
この敷地いっぱいに建設された巨大なマンションは、低層住宅街のど真ん中の軒先に居座った「建築違反建物」です。
さて、「10棟の建物である」といって建築されながら、その実態は構造耐力的、計画的、構造的、機能的にも、全体が不可分一体の「一つの建物」の不法建築です。住民への計画説明会においては、屋外からそれぞれの住戸に出入りできると説明され、建築確認を得て完成した建築物は、上層階を10棟に見せかけているだけで、地下部分では全体が結合されており、正面の入り口は1ケ所しか出入りできない1棟の建物で、周囲から隔離された違法建築物です。
この地下2階駐車場と、同地下1階の天井の高い広い通路は、中庭を見ながら構造上一体的に、独立した各住宅棟と不可分に結ばれていますが、これは建築確認申請時には計画されていない空間で、10棟がそれぞれ独立した建築物であるとする状態で建築工事完了申請がされ、 工事完了公告後の再工事によって、現在の1棟に改変工事に47日も費やして完成された、外部の人々の出入りを制限した「セキュリテイ」を売り物にした1棟のゲーテッドマンションです。
この変更工事は住友不動産だけでは実現できるものでなく 当初から渋谷区長の許可そのものがこの違法を許容したもので、それを日建設計、西松建設が共同謀議のうえに実行したところの都市計画法・建築基準法違反建築で、もっとも悪質な犯罪であると言わざるを得ません。しかし日建設計のデザイナーはこの共通通路について雑誌『新建築』の平成23年2月号のパブリシティ広告で違法を自慢気に語っています。
地域社会と隔離したゲーテッドマンションは、厳重な警備員の配置とともに、道路の各所に隠しカメラは70台(開発者パンフレットによる)が設置され、0住民を敵対的にする監視し続ける秘密のベールに包まれた軍事要塞です。

第4 都市文化・住民福祉を忘れた、環境と景観の破壊
わが国の都市計画法・建築基準法は、「都市の健全なる発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする」とあるように、この法律はわが国の100年先を見据えた、都市の生活を豊かにするため、全体が有機的関係を保って計画されることが明文化されています。
景観法 第一章 総則 (目的) 第一条「この法律は,我が国の都市,農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため,景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより,美しく風格のある国土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与することを目的とする。」とあります。
そして、最高裁判所第一小法廷においても「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恩恵を日常的に享受している者が有する景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は、法律上保護に値する」との判決(平成18年3月30日)があります。
私たちの住む渋谷区鶯谷町・鉢山町・猿楽町地域は、都市計画法において第2種低層住居専用地域に指定され、建築基準法でも高さ制限は12メートル、建ぺい率60パーセント、容積率200パーセントと決められた静穏な住宅専用地であり、住民はこれを守ることで街づくりに貢献してきました。
しかし、渋谷区長は自治体の責任者として法律を守る役目を放棄、区議会にも諮らずに平成19年3月23日に総合設計要綱を制定、翌年1月21日にはその第1号を住友不動産の本件計画に許可を与えましたが、この許可は都市計画法・建築基準法違反であるばかりか、行政権による個人の権利侵害、公共の福祉とは乖離したところの、一私企業への一方的な利益供与に過ぎないことは明瞭であり、私たち地域住民は自らの権利救済を実効化するために「開発許可処分無効確認取消訴訟」、「建築確認処分取消請求訴訟」を提起しました。
私たちが住む渋谷区鶯谷町・鉢山町・猿楽町界隈の環境と景観は、ここに住む人々の長年にわたる協力によって積み上げられてきました。この地には今から4千年前の縄文時代、2千年前の弥生時代の遺跡群が奇跡的に発見されましたが、「ここにはすでに湮滅されていたところ」に、竪穴住居跡の100余棟と各種土器類が良好な状態で発掘され、「渋谷区でも一度に発掘された、大きな遺跡」(渋谷区・住友不動産・西松建設・大成エンジニアリング)と発表された、歴史的・文化的・学術的にも貴重な複合遺跡であり、渋谷区民の誇りとする民族的遺産でありました。
住民はこの縄文・弥生時代から今日に連続する、良好な居住空間を守り育てながら、道路や塀や壁によって仕切り、プライバシーの保護という近代的な価値観に裏付けられ、また隣人同士の努力と理解、話し合い、市民自治によってかけがえのないコミュニティを築き上げてきました。ここは夫婦や家族、隣人、来訪者たちが、誰に憚ることもなく「くつろぎ」・「いやし」・「あそび」を得られる「場」であり、ここで生活する人々の人間性を回復させる源泉の地でありました。
われわれ都市生活者は日常の生活環境を風景として意識し,日々これとの対話を続け、別言すれば人間と環境との語らいが風景となり,それらは人間がつくり出した文化環境であり、だからこそ風景は人間性の再生をはかる力をもっています。環境と風景はここに住む人々の世代を超えた共有の財産であり、この居住空間は人間の生きる基盤として公共性の高い資産です。
この地域を愛し、ここに集まり、景観と街並みを形成してきた私たちのこれを守りたいという願いは、個々人の利益を超え、時代を超えた、地域全体の意志の結集です。昨日までの自由の空間は、マンション「ラ・トゥール代官山」の出現によって、鉄とセメントの堅固な建物に占拠され、低層住宅の住民は終始見下げられ、優者と劣者、要塞と廃屋のような不釣り合いな光景に変貌し、住民は不安と危険に脅かされ、そっと肩を抱き合い、萎縮した生活を強いられることになりました。
10棟の直線的な設計はどこから眺めても、各棟が均等の高さを保ち,均一のワイドな窓から、低層住宅を常時睥睨・監視しつづけています。さらにこの窓はワイドミラーに匹敵するもので、昨日までは知られなかった隣家の洗濯物はもちろん、他人に見せられない部分、見てはならない部分まで映し出し、その上太陽の反射光害と夜間照明の公害、得体の知れない物品の投下などの危険に曝されています。
開発工事初期の砂塵嵐から始まり、その後3年に亘る騒音や車両の排ガス被害などの後に、今日は拡幅された路上を自動車やバイクが、制限速度を超えて疾走し、除草機やチェーンソーの騒音、集中豪雨時の溢水の危険、ヒートアイランド現象、風害の発生などの都市公害などとともに、3・11などにつながる災害問題に対して全く無防備状態であり、犠牲だけが住民にのし掛かかる仕掛けになっています。
渋谷区長の住民との民主的合意に基づかない、規制緩和を優先した総合設計要綱は、開発業者と馴れ合い、企業の超過利潤を保障する空間へと変質させ、住民はこの脅迫空間で生命・健康・財産・人格権の侵害に怯えていますが、これは建築申請者と設計者、そして開発・建築許可権者の人間性無視、人権蹂躙思想の尋常でないことの証明です。住民の受容の限度を超えた優者の論理、勝者だけの論理、巨大資本への利益幇助の正当化、構造改革・市場原理に基づく禿鷹商法を公然と支援しています。
ヨーロッパの国々の都市計画が歴史と文化の保存・継承、人間性の尊重を第一義としていることと比較すれば、まさに国際法で禁じられているジェノサイド、大量殺戮にも等しい人類と文明への挑戦であるといえます。


第5 私の家の軒先で行われた違法再工事の実際

渋谷区の開発工事完了公告が平成22年8月26日に出されると、住友不動産は同月31日には「道路沿い外構部分 改修工事実施のお知らせ」のチラシを配布し、9月1日には建築完了公告が出され、9月2日から開発地正面から南面区道463号、さらに西側の区道464号に面した歩道・建物をシートで覆い隠しながら、騒音や振動をともなう大規模な変更工事をおこないました。
また同時に、開発地西北の区道464号と465号に挟まれた、三角形の提供公園の底辺と465号の頂点は5メートルの段差がありますが、この左側法地部の坂を登り切った地点と、右側の開発地と境界擁壁の29段の階段を上がり切った地点で両者はつながります。この公開空地(歩道状空地)には完了公告時には約50センチの擁壁(幅約60センチ×高さ約180センチ)が突出していました。
渋谷区道路標は、この提供道路と区道465号は平行した、区道が左折する角地に埋め込まれています。私の敷地は開発地の北側に接続しており、計画発表時に配布された資料によれば、敷地線上の境界点は隣地を挟んで区道465号の道路標から455センチの位置にあり、開発完了時は、開発地のセットバックにより隣地との接続点は、道路標から375センチ、公開空地と区域内通路の接続点はこれを超えた80センチ、道路標から約455センチの位置に鉄製門扉が設置されました。
再開工事はこの公開空地に突き出た擁壁の除去とともに、公開空地・植栽帯を約40センチ区域内道路方向に接続点を伸延した結果、これは道路標からの距離は495センチとなり、隣地との境界点から約120センチとなりました。
さて、この私の家の軒先で行われた、住友不動産の提供道路・植栽帯と区域内通路の工事は、開発地の区画変更工事であるとともに、「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」全体に関わる区画変更工事でありながら、渋谷区へは無届で行われたことはすでに述べたところで、計画時からの環境破壊に加えてさらに私の人権と人格権、生命・財産・景観権の侵害につながることになりました。
もともと、この1万7千平方の開発地は出入口が一カ所だけの旗竿型袋地で、開発地正面東側に接続する区道432号は、昭和10年代に東京市の市道として開削され、同30年代に渋谷区道になりましたが、開発地正面部分の幅員は9メートルと言いながら左右のガードレール柵を除けば実質5.4メートルに過ぎず、さらにこの区道の基点になる桜ヶ丘町地内は幅員8.05メートル、終点の猿楽町地内は8.32メートル、このすべてに亘ってガードレールが設置された典型的ボトルネック道路です。
住友不動産は渋谷区への開発申請にあたって、この接道名は正式には区道432号であるにもかかわらず、架空・偽作の「特別区道462号」として申請・許可を得たもので、原告によって平成21年5月14日の法廷で明確にされるまで、偽作の「区道462号」を用いて開発許可・建築許可を得ていました。
また、開発地を取り巻く道路は建築基準法の42条2項道路のうえ、自社敷地部を公開空地(歩道状空地)として拡幅しても、先端部は狭隘・湾曲し、通常時には交通渋滞や裏道・抜け道交通量の増大といった、都市機能の渋滞でやり繰りできますが、予想される東京直下型地震発生時には、交通の支障を来し災害被害を拡大させることは明白です。
緊急時の混乱で発生する事故により、消防車や救急車などの緊急車輌の通行が不能に陥り、生存者が避難できず、消防で守られる住宅が延焼にまかされるという危険にさらされることになります。
都市計画の目的は、平時の豊かな生活文化を享受できる環境と同時に、災害時に安全避難と財産の保全が図られなければなりません。
さらに敷地西北の提供公園は三角形の地形で、開発全面積の2.8パーセントの608平米、法地部分を差し引けば平担部はわずか388平米、この地点からのマンションの高さは20メートルを超えます。そして「渋谷区鶯谷緑地」の名前が付けられながら、法地の2辺はモルタルで支えられた谷底状の砂地状広場で、緊急時のマンション住民と近隣住民の避難場所にならない形ばかりの砂地状空地に過ぎません。
この開発計画は、地域のまちづくりに貢献する公益性はなく、私益を優先させた計画であり、この地に長年住み慣れた住民を追い出す計画です。
渋谷区長は、平成22年8月、住友不動産のなりふり構わぬ違法工事に対して行政処分を行わず、まさに「開発許可処分無効確認取消訴訟控訴審」第1回開廷日の直前の、同月26日に「開発工事完了公告」を、そして同年9月1日に「建築工事完了公告」を行いました。

第6 行政の無謬性だけを信じた東京高裁判決

折しも同年9月13日、東京高裁において、「開発許可処分無効確認取消訴訟控訴審」第1回開廷しましたが、私はこの日のために作成した、下記「陳述書」(付録資料添付)2通提出しました。
この陳述書は文章と写真を組み合わせた記録で、前者は完了公告直前の違法工事を、後者はその直後を具体的に記録した内容で、環境破壊が人権侵害につながることを実証しています。
当日、開廷と同時に同書を手にした渋谷区代理人は、裁判長の開廷の言葉も上の空で聞くほどの狼狽振り、最後に同代理人がようやく「すでに工事は完了し、訴えの利益はない」の発言は聞き取れないほどでした。
東京地裁の第一審では、条理を尽くした法理、具体的な法律違反を指摘し、区長の証人喚問と現場検証を申請しましたが、それは採用されることなく、裁判官は予想のごとくに行政の無謬性を優先し、私たちの正当な主張に耳を傾けてくれませんでしたので、さらに東京高裁へ控訴しました。  
この権利侵害の不法な開発工事について、憲法の番人である裁判所は違法であると認めず、「すでに建物は建ってしまっている」と、開発許可権者の言い分を正当化しています。裁判所は違反が存在すれば行政庁が違反是正命令を出せばよいと言いますが、その行政庁が違反を容認して、又は本件の場合は行政庁が共謀又は積極的に違反幇助をして違反建築物を実現させたわけですから、行政庁が是正に動くことは考えられません。
憲法の番人である裁判所は、この権利侵害の不法な開発工事について、違法であると認めようとせず、開発許可又は確認に関する訴えは、いずれも、完了公告、又は、工事完了検査がなされた段階で、その訴えの利益は消滅するといいます。
東京高等裁判所の判決は、憲法で定められた立法・行政・司法の原理を逸脱し、原告の訴える違反処分の事実を審理せず、処分は行政によって確定したので、裁判所はその審理自体をする必要はない、という馬鹿げたことをやっています。行政処分が確定したことは、違反の事実が確定しただけのことで、国民の訴えの利益は全く消滅していません。判決は行政の無謬性を追認するものであり、司法エリ-トたちが編み出したところの体制維持のための主観的判断でしかありません。

第7 都市の伝統と歴史の継承、100年後を見据えた都市計画

わが国の伝統文化は、この国の固有の文化に外来のものが加わり発展してきましたが、平城・平安の条理を整えた千年前の都市計画を引くまでもなく、景観について言えば他者の風景を借りて、新たな風景を創り出すと借景いう思想が生まれました。大航海時代に来日したヨーロッパの宣教師の残した記録には、破れ障子の中で欠け茶碗を大事に愛玩する姿が伝えられています。
平成22年秋竣工した区長自慢の渋谷区総合文化センター大和田を例にとれば、これは旧区立大和田小学校跡地約5千平米に、地下3階・地上12階・高さ68メートルの建物ですが、計画も予算も議会にも諮らないまま建設された箱物の見本であり、これを紹介するパンフレットのフロントページには、玄関正面を表現するためにCGを用いていますが、これは正面からも背面からも何処からも全体像を撮ろうにも、隣接する民間建物を借景しなければならない立地条件からです。
福笑いは日本の伝統的こどもの遊びで、目・鼻・口・耳などの部位が、顔全体の均整・調和・利害から遊離した、面白さや滑稽さを楽しむものですが、渋谷区長の都市計画はこの遊技からさえはみ出した、幼児性としか言いようのない出鱈目・無定見な発想の典型で、本来は地域住民や来街者のための防災拠点とすべきであったのに、この窮屈な敷地に建てられた箱物は、緊急災害時のホールの入館者と、従事者のための避難広場と周辺道路の不備から、万一の際は混乱に輪を掛けることになります。
また渋谷区が自慢する渋谷駅東口の広場に面して建設される、旧東急文化会館の建て替えのHIKARIEは、電鉄資本が地元と提携して開発を行うもので「公民(行政・事業者、地元事業者)」と言いながら事業者がリードしています。
それは、敷地面積9,600平方メートル、建築面積7,800平方メートル、地下4階、地上34階、高さ182メートル、延べ面積144,000平方メートルの高層ビルであり、商業施設・劇場・事務所などの入居が予定される複合ビルは、新しい都市の建設に匹敵するものであり、8階フロアー940平方メートルが区民防災センター、そして160平方―メートルが展示スペース、計1,101平方メートルが、企業の社会貢献として渋谷区に提供されることになっていますが、これは全体の延べ面積の0.8パーセント(開発業者の説明)に過ぎず、混雑する駅前の巨大施設のなかで、1,101平方メートルが公共広場の役割を果たすでしょうか。
さらに区内鉢山町の住宅専用地域での、NTTコミュニケーションの電話交換所建設の同意は、テロの攻撃対象となる建築物で近隣住民の不安を増幅させています。また広尾の夏目漱石の親友である中村是公の旧宅羽沢ガーデンは、優れた環境下にあった文化財でありながら、鶯谷遺跡と同様な都市の歴史文化への無理解によって、大資本のマンション計画の許可によって破壊されました。
渋谷区長の狙うことは、これらの住宅専用地域をなし崩しに商業地域に転換することであり、「聖域のない行政改革」と同義語であって、開発による土地の市場化によって、住民追い出しを計るものであります。

第8 渋谷区長の強権、コンプライアンス委員会のない住友不動産

渋谷区長は3・11以後しきりに防災を唱えていますが、開発優先思想は車のスピードを上げながら、アクセルを踏むのに似ています。
ヨーロッパの都市計画においては、それをモザイク画に例えるならば、「モザイクの石」は都市環境を担う重要な役割を果たしており、構成するそれぞれの石はルールに従っていなければ、モザイク画面が構成できないわけで、隣り合う石の周辺・位置ばかりでなく、全体と部位の関係が美的意識によって創造されるように、これらの部位を滅茶苦茶の置き替え、勝手な取捨は許されるはずはなく、有機的な結合こそ明日の都市文化の伝統と継承につながります。
さて、渋谷区長の開発を優先する専制的・独善的手法とともに、住友不動産の関係についていえば、同社の平成17年の渋谷区神宮前2丁目の高層ビル建築に際しては、区立千駄ヶ谷小学校の日照に悪影響を及ぼす許可を与え、さらに区内南平台ガーデンタワーの敷地取得では、暴力団企業の脱税が伝えられた事件では渋谷区が関与しています。
一方、これらと関連しながら住友不動産は、渋谷・新宿を中心にした巨大投資を発表し、国道246号沿いには巨大ビル建設の一環として、本件が発表されたもので、渋谷区は当初からこの計画について予断と予見をもって完成を同社に約束したものであります。
区長は、住友不動産の申請書類をフリ-パスで通過させ、前代未聞の開発地正面・区道462号という偽作問題を犯しながら公然と揉み消し、区指定林の損傷問題が発生すると、区長が率先して都市整備部参与2人を帯同し、開発現場視察中に私に発見される遁走した事件、完了公告前の違法と違反の強行工事などは、なり振り構わぬ住友不動産への援助であり、巨大企業に拝跪する人身御供にも等しい援助であると言えます。
全体の奉仕者として公正であるべき渋谷区都市整備部上級職員は、区長に隷属し、組織ぐるみで本計画のために活躍しましたが、その一端は私が平成19年5月、住友不動産の「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」が発表されると同時に、都市整備部長を訪れて計画の縮小を求めましたが、部長は住民の陳情の話を聞くどころか、隣接地のうぐいす住宅の建て替え計画を促進する発言で、私たちの感情を逆撫でする応対ぶりでした。
私は20年2月、交替した新部長は、当時私たちが東京都都市開発審査会に審査請求を提出した直後、住友不動産の「渋谷区鶯谷遺跡」の保存を訴えたのに対して、最初から申請の取り下げを居丈高に強要しました。
昨年5月、現渋谷区都市整備部長と面会した際、開発許可処分無効確認控訴審において、渋谷区は「開発完了公告」が出され、「訴えの利益がない」と言う主張していることについて、区民を納得させる返答もできないしどろもどろの有様でした。
渋谷区長の強権は職員のモラルを低下させ、組織の退廃と弛緩につながっていますが、渋谷区の建築審査会は審査決定書に承認日を書き漏らして発送し、道路課職員は区道432号の計測に立ち会いながら、幅員の情報を教えない配慮のなさ、建築確認課と都市整備課の職員に条文の適用について、コピーを求めたところ、著作権法によってそれを拒否するほどです。
一方、住友不動産は、この計画についての説明会において、地域社会に貢献する計画であることなどは一切言及することなく、渋谷区の指導によって計画が進められていることを誇示し、貴重な遺跡の保存と文化の継承には全く顧慮することはなく地上から消し去り、提供公園には「鶯谷遺跡」の銘板を、掲げると約束しましたが、それも口先だけであって実現していません。
この会社には、コンプライアンス委員会がないことを誇らしげに語る企業で、それを説明会において自慢気に語り参加者の嘲笑を買いました。そして、同社は地域の祭事には寄付をすることを強調し、完成後は建物の公開を約束し、緊急時には中庭は住民に開放すると公言しながら、再工事による違法改造の発覚を恐れて公開の約束を破棄し、実行したのは祭事の寄付だけです。
その後、同社担当者社員との電話での応対の際には、公開空地からの覗き見については、「お互い様である」と言い放ち、我が家のリビングから公開空地と自社マンションを見上げたことは忘れていました。
しかし渋谷区都市整備部職員は、渋谷区長による都市計画法と建築基準法をねじ曲げ、一私企業である住友不動産に加担・幇助の実態を目の当たりにし、環境の破壊が住民の人権・生命・財産・健康・人格権の侵害の現実を教訓として今後の施策につなげかどうかは不明です。

第9 「公私」と基本的人権、環境権と人格権

鳥が自由に天空を飛翔するように、住民は人として生存を確保するために、蒼穹の雲の流れを楽しむ権利があります。たとえ土地が私人の所有地であっても地上空間は公のものです。
「公私」(おおやけわたし)は私たちの日常の社会生活に関わる重大事です。
もともと「公私」という漢字は、中国から入ってきたもので、漢字は表音文字でなく表意文字であるため、その意味をともなっていました。古代日本人はその意味のうち日本人に理解できる部分だけをとり、逆に理解できない部分は捨て、あるいは新たに日本語としての意味を加えそれを漢字化しました。
一人称の「私(わたし)」の概念は、律令制のもとで、「公」の下位に従属することを前提にして、ひそやか・個人的・内輪事の延長の先に、「私」の世界を持つに至りました。言い換えれば、わたし=私が一人称として用いられるようになり、わたし=私が領域用語として、無味乾燥であることによって、価値に冒されない自立的「自己世界」を持つことになりました。
家の閾(しきい)の内側の私とする以外、一歩戸外に出た世間の物事はすべて公・公共のこととされ、その世間の公は、最大の公として国家領域、最高の公として天皇にまで至っていた時代がありました。
わたしの世界は存在していないのか言えば、公の関係に参加し協力しそこでの役割を果たしていれば、閾の内側のわたしの領域は決して干渉されることはなく、逆に、人に知られたくない内輪事、表向きとは違ったホンネの世界、公になれば都合の悪いわたし事が、誰にでもあるというとは、実は全体の間で隠然と公認されているのであります。おおやけを公然の領域、わたしを隠然の領域とした、二重の領域制で棲み分けられています。
長い封建治下を通り過ぎた後の明治の新政府は、明治憲法の制定と同時に教育勅語によって、国民道徳の根源、国民教育の基本理念として、忠君愛国、滅私奉公が強制され、ファシズムの時代を経験しましたが、戦後の日本国憲法によって市民的自由とともに「個人の尊重」を基底とする、個人の権利が認められる時代が到来しました。
日本では「公共」と言えば「私の関与できない、あるいは私の権利が主張できない、私以外の領域をさす」ことでしたが、現在では「公共」とは「個人」と別個の全体ではなく、いわば個人の集積としての「公共」として捉えなければならなくなりました。「個人の尊重」を基底原理とする憲法の下では、政治の目的は個人すべてが人間らしく生活できる、と言うところから出発しなければならないのであって、そのことこそ「公共性」があります。
さて、基本的人権とは、人間が社会を構成する自律的な個人として自由と生存を確保し、その尊厳を維持するため、それに必要な一定の権利が当然に人間に固有するものであることが認められ、そのように憲法以前に成立していると考えられる権利を、憲法が実定的な法的権利として確認したものであります。
こうして、人権を承認する根拠に造物主や自然法を持ち出す必要はなく、国際人権規約(社会権規約と自由権規約前文)に述べられているように、「人間の固有の尊厳に由来する」と考えれば足りるのであります。
この人間尊厳の原理は「個人主義」とも言われ、日本国憲法はこの思想を「すべて国民は、個人として尊重される」という原理によって宣明にしています。 
環境すなわち四囲・外界の事情、人間を含むすべての生物を取り巻く、それが相互に影響を及ぼし合う外界には、自然環境と社会的環境がありますが、生物にとっては呼吸し生命を維持する空間です。そして、環境の悪化・破壊とはそれを変化させるものであり、その悪化が人権と人間の人格形成の侵害になります。
渋谷区長によって許可され、住友不動産が建築完成させた「(仮称)渋谷区鴬谷計画」マンションラ・トゥール代官山の、常軌を逸した人権侵害はとうてい言葉では言い表せません。 泥棒にも3分の理があると言いますが、本計画は人間の心を踏みにじるばかりか、生存権を否定するものです。

「尊者は理によって卑者を責め、長者は理によって幼者を責め、貴者は理によって賎者を責め、自分が間違っていても卑者、幼者、賎者が理を争えば、正しくとも間違いとされる。……上が理によって下を責め、下の罪とされる例は遑がない。人が法によって刑死するのはまだ憐れんでくれようが、理の名の下に殺されるとなれば、ああ誰が憐れんでくれるだろうか。」(清代中葉の戴震 1723-77『孟子字義疏証』巻上、理)    
  
法の場合はどうせ人間がつくったもので誤りもあろうし、権力者が法にかこつけての意趣晴らしということもある。と、人は見なしてくれることもあるだろうが、理に背いたとなると人間の道を外した禽獣なみの外道として扱われてしまう。と言うことであります。
われわれの日常は、この国の共通言語を用いていますが、行政や司法が用い
る言語は異なります。こうして理が権力者・勢力家・有力者の恣意的な運用に委ねられた時、人間の悲劇・失望・混乱・憤り、理不尽に対する怒り、忍耐の頂点は何処に向けたらよいのでしょう!
これは納税の義務を果たした無辜な市民が、災害と放射能汚染の前面に曝されているのと同じ事であります。

結びの言葉

東京都23区において、渋谷区は平成23年2月末の争訟事件数は18件(特別区人事・厚生事務組合法務部調べ)、都内での最高を示していることは区民として恥ずかしい限りであり、渋谷区長の反憲法的かつ独善的行政手法を如実に証明するものであります。そして繰り返すならば、この中には区長の予断と予見に基づく「(仮称)渋谷区鶯谷町計画」事件も含まれています。
私たちの基本的人権と人格権・環境権・健康・生命・財産の侵害は、開発許可権者である渋谷区長と、開発業者である住友不動産が共謀して行った都市計画法と建機基準法違反から発生した人害であり、両者にすべての責任があります。
したがって、違法を承知で建築した両者の責任において、建築物の取り壊ししか解決の方途はありません。両者への厳正なる勧告によって、私たちの救済の道が開かれるよう伏してお願い申し上げます。
以上

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