【国際交流】渋谷区の過去の国際交流

過去、渋谷区はドイツのザルツブルグ市と国際交流を行っており、職員の間では、ドイツ語を勉強して前向きに取り組む人も多かったという。それが、さしたる理由もなく、当時の教育委員会K部長の主導で突如中止になったという。現在、K部長は出世して、トルコとの国際交流には熱心である。
以上の趣旨の昔話を、当時の幹部職員から聞くことができた。

また、この話を裏付けるように、「山形フレンドシップ交流会沿革」という文書の冒頭に、以下の通りの記述があった。

日本スポーツ少年団と西ドイツスポーツユーゲントは1967年から青少年スポーツ指導者交流、1975年から日独スポーツ少年団同時交流を行っている。 指導者交流においてはヨーロッパ諸国も訪問しており、 隣接国のオーストリアのスポーツ団体とも友好関係にあった。
渋谷区教育委員会の山岸氏は日本スポーツ少年団の役員を長年務められており、国内やヨーロッパ諸国の青少年スポーツ関係者と友好を深められていた。1983年、ザルツブルグ州スポーツ連盟のペーター・ピルスル氏は来日したおり、渋谷区の山岸氏とスポーツ活動を通した青少年交流について話し合われた。1985年、渋谷区は国際青年年に当たり、国際青年推進協議会を発足させ、オーストリー青年14名(ザルツブルグ7名、ウィーン7名)の受入れ交流を行った。 その後、 ザルツブルグと渋谷区は継続的な青少年交流として、2年毎の相互交流を行うことになった。 1986年11月、 山岸氏から山形のスポーツ少年団指導者の海老名にオーストリー・ザルツブルグ州スポーツ連盟青少年受入交流の誘いがあった。

渋谷区の国際交流の歴史を調べてみると面白いであろう。当時を知る幹部職員の方々、情報提供をお願いします。

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第一、区民には全く関係ない

大半の区民は、そもそも渋谷区が国際交流しているなんて知らない。しかも何の恩恵も受けていない。
税金を使うのなら、多くの区民に国際交流の意義を説明し、その恩恵、教養とか楽しみとかを分かつべきで、それができないなら桑原が個人で国際交流すればいい。英語も勉強しろ。
相手のあることだから打ちきるのもトルコに失礼かとも思ったが、ドイツに対して恣意的な打ち切りの前例があるなら、打ち切ってかまわないだろう。
もうやめさせよう。
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