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【原宿団地】総合設計制度許可処分取消訴訟、原告側が控訴

渋谷区神宮前3丁目に建設中の原宿団地に対して、その高さを緩和するために、近隣住民が総合設計制度許可処分の取消を求め、東京地裁に提訴していたが、請求が棄却されたので、東京高裁に控訴した。
控訴審第1回口頭弁論は、12月19日(月)11:00より、東京高裁809号法廷で開かれる。
以下は、控訴人準備書面である。




以下、控訴理由書である。


平成23年(行コ)第349号 総合設計許可処分等取消請求事件
控訴人 近隣住民11名
被控訴人 東京都

控 訴 理 由 書

平成23年11月24日

東京高等裁判所第9民事部 御中

控訴人ら訴訟代理人弁護士 本  間  久  雄

 頭書事件につき、控訴人らの控訴理由は以下のとおりである。

第1 本件訴訟の主たる争点
平成21年2月27日、東京都知事は、原宿住宅団地管理組合に対し、原宿住宅団地管理組合らが東京都渋谷区神宮前3丁目37番地に建築予定の建物(以下、かかる建物を「本件建物」といい、本件建物が建築される土地のことを「本件土地」という。)について総合設計許可処分をした(以下、この処分のことを「本件許可処分」という。)。 総合設計許可処分をなす際には、建物建築予定の敷地に空地を設けなければならないところ(建築基準法59条の2「その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建ぺい率、容積率及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したものの容積率又は各部分の高さは、その許可の範囲内において、第五十二条第一項から第九項まで、第五十五条第一項、第五十六条又は第五十七条の二第六項の規定による限度を超えるものとすることができる。 」)、本件許可処分によって設けられる空地(以下、「本件空地」という。)は、冬至において、日照時間が4時間以下の部分が過半をしめている(日照時間がゼロ時間の部分は380㎡もあり、広場状空地全体の41パーセントを占める。)ばかりか、通り抜けも不可能となっているような環境劣悪かつ機能性に極めて乏しい空地である(訴状9ページ以下、図1及び図2参照)。
東京都知事が、以上のような環境劣悪かつ機能性に極めて乏しいな空地が本件土地に設置されることによって、「市街地の環境の整備改善に資する」と判断し、容積率及び高さ制限等が緩和された本件建物の建築を許可したことが、「裁量権の範囲をこえ又はその濫用」(行政事件訴訟法10条)に当たるか否かが本件の主たる争点である。

第2 原判決に対する批判
1 原判決は、総合設計の裁量審査のあり方について、「同項(建築基準法59条の2第1項)の規定の趣旨を踏まえて、特定行政庁の判断がそのような合理的裁量の範囲内のものであるかを審査すべきものというべきである。」(原判決16ページ)などと述べ、原判決17ページ以下において、東京都知事の判断に裁量権の逸脱濫用があったか否かの審査を行っているが、その全てにおいて、原告の主張を列挙した後に、被告の主張を列挙し、「一定の合理性があるものというべきである。」、「未だ特定行政庁の合理的裁量の範囲内のものである。」、「直ちにその裁量権の範囲から逸脱した不合理なものとまではいい難いものというべきである。」などと締めくくるだけであり、何らの綿密な判断を行っていない。
このような裁量審査のあり方は、行政の裁量を無批判に追認するものであり、行政裁量の審査密度の向上を試みてきた学説・判例の傾向(塩野宏「行政法Ⅰ(第5版)行政法総論」(有斐閣)135ページ)に反している。
2 従前の裁判例における総合設計許可処分の裁量審査のあり方は、さいたま地裁平成19年12月26日判決(月刊判例地方自治2008年11月号)が、「川口市総合設計許可基準(…)が法59条の2の趣旨に照らして合理性を有するものであり、かつ、本件建築物が同許可基準の各規定に適合している場合には、特段の事情のない限り、特定行政庁である川口市長のした本件処分は、裁量権の範囲内にあるものとして適法というべきである。」と判示しているとおり、①総合設計許可基準の合理性の有無、②計画建築物の許可基準の適合性の有無、③(裁量の逸脱濫用ならしめる)特段の事情の有無、について綿密に審査をするものであった(同方法に基づき総合設計許可処分の裁量審査をした裁判例としては、他に大阪地裁平成4年8月28日判決、東京地裁平成20年2月1日判決がある。)
原判決も16ページ下から3行目以下(第3当裁判所の判断2(2))において、上記枠組みに従って審査を行うなどと述べているが、上記枠組みに従っていないのは、原判決17ページ下から11行目(第3当裁判所の判断3)以下を見れば明らかである。特に、控訴人らは、原審において、ピロティー裏の空地の係数値を争点とし(訴状第2の2項4項5項、②計画建築物の許可基準の適合性の有無の問題)、被控訴人と主張反論を繰り返したにも関わらず、原判決は、東京都総合設計許可要綱の条文解釈並びにそれに対するあてはめを行っていない。また、控訴人らは、原審において、第1で述べた本件空地が環境劣悪かつ機能性が極めて悪いことを再三主張立証している(③特段の事情の有無)にも関わらず、原判決は、そのような空地にも関わらず、東京都知事が、本件許可処分をなしたことが裁量の逸脱濫用にあたるのかについて一切判断していない。
3 以上のように、原判決は、総合設計許可処分の裁量審査についての従前の裁判例の傾向を無視しているばかりか、行政の裁量を無批判に承認するばかりで、後述の日光太郎杉判決(東京高裁昭和48年7月13日判決)に見られるような行政庁の判断過程に着目した密度ある裁量審査を行っていない。このような原審の態度は、司法の役割放棄と批判されてしかるべきである。
4 本理由書では、前述の枠組み(①総合設計許可基準の合理性の有無、②計画建築物の許可基準の適合性の有無、③(裁量の逸脱濫用ならしめる)特段の事情の有無)に従って控訴人らの主張を展開していく。

第3 総合設計許可基準の合理性の有無について
1 東京都知事は、総合設計許可処分をなすにあたって、東京都総合設計許可要綱(乙2号証、以下、「本件要綱」という。)に基づいて許可処分の可否を決するが、本件要綱には、以下に述べるとおり合理性はなく、合理性のない本件要綱に基づく処分は違法となる。
2 建築基準法の目的から逸脱していること(他事考慮)
(1)本件要綱は、総合設計の類型として以下のような6つの類型を掲げている(乙2号証2ページ以下)。そして、本件の総合設計は、②共同住宅建替誘導型総合設計である。

①一般型総合設計
②共同住宅建替誘導型総合設計
③市街地住宅総合設計
④市街地複合住宅総合設計
⑤都心居住型総合設計
⑥業務商業育成型等総合設計
(2)共同住宅建替誘導型総合設計は、他の類型の総合設計に比べて、以下の点で優遇されている。これは、「良質な住宅ストックの形成に資する」(乙2号証2ページ)ためという政策目的によるものである。

①前面道路の幅員(どの用途地域であっても幅員が6メートルあればよい。 乙2号証8ページ)
②歩道上空地の幅員(2メートルいじょうあればよい。乙2号証9ページ)
③斜線制限(他の類型の総合設計よりも緩やか。乙2号証14ページ)
④割増容積率(他の類型の総合設計に比してより多くの割増が認められる。  乙17号証以下)
(3)しかしながら、建築基準法1条が、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と定めているとおり、建築基準法は、警察目的のために規定された法律である。建築基準法59条の2も、総合設計許可処分をなすための考慮要素として、「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建ぺい率、容積率及び各部分の高さについて総合的な配慮」という警察規制の点のみ掲げている。それゆえ、建築基準法上の仕組み上、政策目的を加味することはそもそも予定されていない。
それにも関らず、要綱において、建築目的に応じて6つの類型を設けて、各類型毎に制限緩和の程度が大きく異なる本件要綱は、警察規制のために制定された建築基準法の目的から逸脱しており、このような要綱を制定することは、行政庁の裁量権の逸脱濫用にあたる。
3 総合設計の質についての基準がないこと
(1)総合設計許可処分がなされると、容積率や高さ制限、斜線制限などが緩和され、それまで当該地域になかったような巨大な建物が建つこととなる。それによって、地域住民は、日照が奪われる・風害・プライバシーの侵害・電波障害・良好な景観が享受できなくなる等大きな被害を受けることとなる。 すなわち、総合設計許可処分によって、規制が緩和されることによって、地域環境の悪化は否めなくなる。それにも関わらず、総合設計許可処分によって規制緩和がなされるのは、空地が設けられるからである。すなわち、空地は、地域環境悪化の代償なのである。それ故、総合設計許可処分をなすにあたっては、空地が地域環境悪化の代償たり得るかについて、慎重な考慮が必要である。
(2)本件要綱では、乙2号証9ページ以下において、公開空地の基準を規定しているが、空地の広さや空地の幅等定量的な基準しか規定されておらず、空地の緑化度・空地の日照・空地にどのような施設を設けるか等空地の質に関する基準は規定されていない(なお、横浜市の要綱では、空地の質に関する基準が規定されている。「通行上支障とならない範囲で、植栽をすること」、「段を設けないこと」、「街路灯を設置すること」、「住居系地域においては、冬至における真太陽時午前8時から午後4時の間で、終日日影となる空地は公開空地とみなさない」等(甲5号証11ページ以下))。
本件要綱のような基準の場合、数値さえ満たせばどのような空地でもよいということになりかねず(例えば、土壌汚染されている空地、一面凸凹状の空地、緑の一切ない空地、本件のような一日中日の当らない空地でも要綱の数値さえ満たせば「市街地の環境の整備改善に資する」いうことになる)、 このように、定量的な基準のみを設け、定性的な基準を一切設けていない本件要綱では、空地が地域環境悪化の代償たり得るかを審査するには不十分なのは明らかである。
(3)したがって、本件要綱は、空地の質について一切の配慮がなく、このような要綱を制定することは、行政庁の裁量権の逸脱濫用にあたる。

第4 計画建築物の許可基準の適合性の有無について
1 計画建築物の許可基準の適合性の有無に関しては、控訴人らが、広場状公開空地に適用される係数についての本件要綱の解釈ならびそのあてはめについて再三主張立証してきたところである。
ところが、そのことについて、原判決は、20ページ(第3当裁判所の判断3(1)エ)において、国技術基準を引用して、ピロティ等を除く広場状空地が「道路等に面する部分」又は「道路等に面しない部分」のいずれに該当するかの判断に当たり、広場状空地の道路等からの見通しが妨げられるか否かを考慮することは、一定の合理性があるなどと判示し、本件要綱の文言から離れた独自かつ抽象的な解釈を展開し、本件要綱について、客観的な法解釈をしようとせず、控訴人らの主張に対し判断する姿勢を見せなかった。
そもそも国の通達を根拠に、「道路等に面する部分」の要件を「見通しが妨げられず」という意味に捉えるのが誤りであることは、平成22年10月18日付準備書面(2)10ページ以下で控訴人が主張したとおりである。すなわち、①被告は、本件要綱に国の通達のように「見通しを妨げられない」要件を設けられたのにあえて設けていないこと、②本件要綱と国の通達とでは効果も違い解釈にあたって同列に扱うことはできないこと、③通常の判断能力を有する一般人から見ると「道路に面する」と「見通しが妨げられない」という要件は異なる要件であることから、国の通達を根拠に「道路等に面する部分」の要件を「見通しが妨げられず」という意味に捉えることはできない。
2 行政手続法5条1項は、申請に対する処分に関し、「行政庁は、審査基準を定めるものとする。」、同2項は、「行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らして出来る限り具体的なものとしなければならない。」とし、同条3項は、「行政庁は、・・・法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備え付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。」と規定する。
このように、行政手続法が、処分の審査基準を定め、公に明示しなければならないと定めた趣旨は、行政庁により恣意的な処分を排除し、国民の利益を諮ることにあると考えられる。そして、基準が公にされていること、例外の認め方次第で基準が意味をなくすため、審査基準に違反すれば当該処分は違法となる(阿部泰隆「行政法解釈学Ⅱ」(有斐閣)20ページ)。それだからこそ、従前の裁判例が、総合設計許可処分の裁量審査において、予定建築物の審査基準の適合性について綿密に審査していたのである。
したがって、審査基準のこのような法的性質に照らせば、審査基準の解釈にあたっては、行政の裁量を認める余地はなく(特に、本件で問題となっている本件要綱本件要綱第3、1(3)イは、裁量の余地を観念できない技術基準である)、通常の法令解釈のとおり客観的に解釈していくべきである。
そして、以下に述べるとおり、審査基準を客観的に解釈すれば、本件建物が、審査基準に適合していないことは明らかである。
3(1)ピロティを除いた広場状空地が道路に面するかを評価する局面で、ピロティが道路に面することを考慮した違法
本件要綱第3、1(3)イは、端的に、「広場状空地(ピロティを除く)」が「道路に面する」か、否か、を問うている。「広場状空地(ピロティを除く)」が何かを介して、「道路に面する」か、否か、は問うていない。
にもかかわらず、被控訴人は、「広場状空地(ピロティを除く)」は、ピロティを介して、道路に面するとし、本来ならば、道路に面しない空地として、有効空地0.6とすべきところ、ピロティ裏の空地の評価を有効係数1.2で評価し、大幅な容積率緩和を認めている。
しかし、ピロティを介して面するとは、「広場状空地(ピロティを除く)」は道路に面していないということである。
これは、建築基準法59条の2の審査基準(行政手続法5条)である本件要綱第3、1(3)イの解釈を誤ったもので、建築基準法59条の2に反し違法である。
このことは、被控訴人が単に本件要綱の文言解釈を誤ったものだけでなく、市街地環境の整備改善に資さないのに大幅な容積緩和を認めている点で、公開空地による容積率緩和の趣旨に反する解釈であり、重大な違法がある(原告(控訴人)準備書面(3)第1、同準備書面(4)第1、同準備書面(5)第1、2参照)。
すなわち、本来、周辺から突出した容積率緩和、高さ制限緩和は周辺環境を悪化させるから、建築基準法上認められていないところ(建築基準法の容積規制、建物の高さ制限の趣旨)、総合設計制度は、公開空地の提供により、このような周辺環境へのマイナスの影響を補って余りある都市への貢献というプラスの影響が認められる場合に限定し、特例的に容積率緩和、高さ制限緩和による周辺環境の悪化を認めたものである。
そうであるから、都市への貢献というプラスの影響は、厳格に評価されなければならず、だからこそ、本件要綱に「道路に面している」という要件が設けられている。
にもかかわらず、道路に面していない空地という都市への貢献のない空地を評価して容積緩和を認めると、都市へのプラスの影響がないにもかかわらず、容積緩和、建物高さ制限緩和という都市へのマイナスの影響だけが残ることになってしまい、容積緩和の特例を認めた趣旨に根本的に反している。
(2)道路に「接する」要件を充足しない違法
本件要綱第3、1(3)イ(ア)は、「一の広場状空地(ピロティを除く)」が歩道状空地に接していることを求めている。
にもかかわらず、被控訴人は、「一の広場状空地(ピロティを除く)」がピロティを介して歩道状空地等に接していると評価し、ピロティ裏の空地が歩道上空地に接しているとした。
しかし、ピロティを介して歩道状空地に接するとは、ピロティが道路に接していることを意味しても、広場状空地は歩道上空地に接していないということである。
ピロティ裏の空地は道路に接していない以上、本件要綱を素直に適用し、道路に面しない空地として、有効係数0.6で評価されるものであり、道路に面した空地として、有効係数1.2で評価し、大幅な容積率緩和を得ることはできない。
これは、建築基準法59条の2の審査基準(行政手続法5条)である本件要綱第3、1(3)イ(ア)の解釈を誤ったもので、建築基準法59条の2に反し違法である。
このことは、被控訴人が単に本件要綱の文言解釈を誤ったものではなく、市街地環境の整備改善に資さないのに大幅な容積緩和を認めている点で、公開空地による容積率緩和の趣旨に反する解釈であり、重大な違法がある(原告(控訴人)準備書面(4)第2)。すなわち、道路に接していない空地という都市への貢献のない空地を評価して大幅な容積緩和を認めると、都市へのプラスの影響がないにも関わらず、容積緩和、建物高さ制限緩和という都市へのマイナスの影響、周辺環境の悪化だけが残ることになってしまい、特例的に周辺環境の悪化を認めた趣旨に根本的に反している。
(3)外壁面の後退距離違反
訴状19ページ以下で控訴人らが主張したとおり、本件建物は、外壁面の後退距離違反がある。それにもかかわらず、原判決は、本件要綱の第2の2(6)ただし書の「落下物に対する危険防止の措置を有効に講じている」との規定が抽象的な要件であることを理由として、行政庁に上記有効性の判断について広い裁量を認め、バルコニーの手すりを2重に設置した上で外側の手すりに上向き横型ルーパーを設置すること、サッシュ面においては、はめ殺しの窓とし、そのガラス部分には飛散防止フィルムを貼ることで有効な落下物に対する危険防止の措置が講じられているなどと判断している(23ページ)。
しかしながら、2項で述べたとおり、審査基準の解釈にあたっては、行政の裁量を認める余地はなく、通常の法令解釈のとおり客観的に解釈していくべきである。特に本件で問題となっている外壁面の後退距離の問題は、人の生命身体の法益と絡んでくるため、なおのこと行政の裁量を認め、基準を緩やかにかすることは許されない。
そもそも、本件要綱第2、2、(6)ただし書に該当し、適法となるのは、実質的に本文の部分の要件(本件では、3.84メートルの後退を要する。)と同等に評価されるからである。そうすると、「落下物に対する危険防止の措置を有効に講じている」か否かは、客観的に落下物の危険性がないといえる程度まで危険防止の措置を有効に講じているか否かによって決すべきである。
本件の場合、過去に原宿住宅団地から故意に物が投げ捨てられたこと(乙21号証)、本件建物が接するキラー通りで強風が生じやすいという特殊性に鑑みると、手すりを二重に設置し、外側の手すりに上向き横型ルーパーを設置した程度では、客観的に落下物の危険性がないとは到底いえず、手すり二重の代わりにバルコニーの手すりの上部は、天井までメッシュを入れるとか、一階にアーケードを設けるなどの方法によって、落下物の危険性を完全に除去しなければ、「落下物に対する危険防止の措置を有効に講じている」とはいえない。
したがって、本件では、外壁面の後退距離違反がある。
4 以上のように、本件空地に対して与えられた有効係数が誤っている上、外壁面の後退距離違反もあるため、本件建物は、本件要綱の基準に適合していない。

第5 (裁量の逸脱濫用ならしめる)特段の事情の有無について
1 控訴人らが、原審並びに本控訴理由書において再三主張しているとおり、本件空地は、冬至における日照時間が4時間以下の部分が過半を占め(日照が0時間の部分は380㎡もあり、広場状空地の約41%もの割合を占める)、通り抜けも出来ないような環境劣悪かつ極めて機能性に乏しい空地である(訴状9ページ以下、図1図2参照)。
控訴人らは、このような劣悪な空地と引き換えに、高層マンション建築による環境悪化を受けることを、看過することは出来ずに、本件訴訟を提起した。それゆえ、控訴人らは、訴状において本件空地の劣悪さを被告の違法事由の第一に掲げたのである(訴状5ページ以下「市街地環境を改善しない空地を設けても、裁量逸脱の違法」)。
それにも関らず、原判決は、このような劣悪な空地の設置を認めることが裁量の逸脱濫用にあたるか否かについて一切の検討をしていないばかりか(本件要綱適合性の有無と手続違反の有無にだけ形式的かつ粗雑に検討しているだけである)、原判決4ページ以下の当事者の主張の要点にすら本件空地の劣悪性(日照時間が殆どなく通り抜けもできない)についての記載がない。このことは、原審に審理不尽の違法があることを如実に示している。
控訴審におかれては、このような劣悪な空地を設けることが行政庁の裁量の逸脱濫用にあたるか否かについて、正面から判断されたい。そして、以下に述べるように、このような劣悪な空地を設けることは、行政庁の裁量の逸脱濫用に当たる。
2 裁量審査の基準
判例は、行政の裁量審査の方法として、判断過程審査を取っている。すなわち、判例は、裁量処分にいたる行政庁の判断形成過程に着目し、その合理性の有無という観点から裁量審査を行っている。判断過程審査を行った判例としては、以下のようなものがある。

①日光太郎杉事件(東京高裁昭和48年7月13日判決)
「本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽くすべき考慮を尽くさず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人(被告行政庁)のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となる。」
②林試の森事件(最高裁平成18年9月4日判決)
「都市施設の用地として民有地を利用することができるのは公有地を利用することによって行政目的を達成することができない場合に限られると解さなければならない理由はない。・・・しかし,原審は,・・・民有地ではなく本件国有地を本件公園の用地として利用することにより,林業試験場の樹木に悪影響が生ずるか・・・という建設大臣の判断が合理性を欠くものであるかどうかを判断するに足りる具体的な事実を確定していない・・・本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めた建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができるときには,・・本件都市計画決定は,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる。」
③小田急高架訴訟上告審(最高裁平成18年11月2日判決)
「その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。」

このように判例は、行政裁量の審査において、行政庁の判断過程における考慮要素・考慮事項に着目しつつ、それが適正なウェイトづけをもって考量されたかという観点(①重視すべきでない考慮要素の重視(多事考慮)の有無、②考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠くこと(評価の明白な合理性欠如)の有無、③当然考慮すべき事項を充分に考慮しないこと(考慮不尽)の有無等)から行政裁量の合理性を判断している。
しかるに、原判決は、このような考慮要素・考慮事項に着目した判断過程の審査を一切行っていない。
3 本件総合設計許可処分において、事実に対する評価が明らかに合理性を欠き、考慮すべき事項が考慮されていないこと
(1)総合設計許可処分における考慮要素
総合設計制度は、もともと市街地では建物が密集し公共的な空間に乏しいことから、建築物の周囲に一定の公開空地を確保するという目的で1970年に創設された制度であり、一定の公開空地を設けることで市街地環境の整備改善が認められる場合、計画建物の容積率、高さ制限、斜線制限の緩和をボーナスとして認め、大規模かつ高層建築の建築を可能とするものである(建築基準法59条の2。日本評論社「まちづくり・環境行政の法的課題」三上崇洋(甲2号証69ページ以下)。
このように、総合設計制度は、公開空地の設置と引き換えに計画建物の容積率、高さ制限、斜線制限の緩和(=周辺環境の悪化)を認めるものであるから、総合設計制度によって設けられる公開空地は、容積率の緩和等による周辺環境へのマイナスの影響を補って余りある都市への貢献というプラスの影響が認められるものでならない。
それゆえ、総合設計許可処分をなすにあたって、最も考慮すべき事項は、総合設計によって発生する公開空地の質(容積率の緩和等による周辺環境へのマイナスの影響を補って余りある都市への貢献というプラスの影響が認められるものであるか否か)である。
(2)被告が考慮要素について考慮していないこと
本件空地の過半が、冬至において日照4時間以下となっており(広場状空地に至っては、約41%の部分が日照ゼロ時間)、通り抜けも出来ず、植栽前には、本件空地の風環境評価がランク3を超える場所がある(植栽後でも風環境評価がランク2の場所がある)程本件空地の風環境が劣悪である等(甲29号証※新規提出証拠)、本件空地の質の劣悪さは、総合設計許可申請書の記載自体からも明らかであった。
そして、本件空地の劣悪さについては、総合設計適用の可否を巡る公聴会に際して、近隣住民から東京都知事に対して提出された意見書でも指摘されていたところである(甲30号証の1、2※新規提出証拠)。
それにも関わらず、東京都知事は、本件空地の質の劣悪さについて何らの考慮もせず、本件建物の本件要綱の適合性の有無を審査しただけで(なお、本件建物が本件要綱に適合していないことは、第4で述べたとおりである。)、原宿住宅団地管理組合に対し、総合設計許可処分を出してしまった(調査意見(甲●号証)には、本件空地の質についての調査意見はなく、東京都建築審査会における総合設計許可処分に同意をなすか否かの審議(甲●号証)においても、本件空地の質について真摯に議論された形跡はなかった)。
(1)で述べた建築基準法59条の2の趣旨のみならず、本件要綱の運用方針(乙2号証2ページ。「本要綱は、特定行政庁の許可の取扱指針を定めたものであるとともに、その許可に係る良好な建築計画の要件となる基準を広く一般に示したものである。この基準は、技術基準として、許可の申請に当たっての必要条件としての性格を持つものであり、許可の条件を充分に充たすものであるか否かは、具体的な計画に則し、総合設計制度の趣旨等を勘案して判断する必要がある。したがって、本制度の運用に当たっては、常に趣旨及び基本目標に照らして総合的見地から行うものとする。」)からして、総合設計許可処分の可否を判断するに当たっては、本件要綱の数値基準の合致という定量的基準だけでなく、建築計画が、「市街地の環境の整備改善に資する」か否かを定性的な面からも審査するのは当然のことである。
したがって、東京都知事は、総合設計許可処分をなすにあたって、最も考慮すべき要素である公開空地の質について一切の考慮を行っていないことから、本件総合設計許可処分をなすにあたっての判断過程に瑕疵があることは明白である。
(3)被告の事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと
被告は、本件空地について、①本件建物から半径約300メートル以内の範囲には、まとまった公園施設がない、②広場状空地1及び広場状空地2の日照について見ても、冬至の日においては、これらにピロティを合わせた面積の約41%に相当する部分が終日(午前8時から午後4時まで)日影となるものの、その他の部分については、冬至の日においても約1時間から6時間の日照が確保されており、また、当時の日については、終日日影となる部分は発生しない、③防災拠点としても活用できるなどと評価し、東京都知事が、本件空地について、「市街地の環境の整備改善に資する」と判断したことの合理性を主張している。
しかしながら、以下に述べるとおり、かかる被告の主張は、本件空地について、明らかに合理性のない評価である。
ア ①の評価について
確かに、本件建物の周囲300メートルの公園設置状況は、乙5号証の6-2-①のとおりである。
しかしながら、本件建物から300メートルを少し超えた所には、巨大な敷地を誇る明治公園や巨大な保全緑地を有するパークコート神宮前(甲31号証※新規提出証拠)がある上、少し足を延ばせば、明治神宮、代々木公園、神宮外苑、新宿御苑等巨大な公園が存在する。
本件建物が所在する神宮前地区は、緑が広がる環境良好な住宅地として、全国に名高い。そして、本件建物の周辺が、新たに設置される公園などなくても緑豊かで文化の香りがする環境良好な住宅地であることは、本件建物の広告で広く謳われているところである(甲32号証※新規提出証拠)。
このように、本件建物の周辺は、緑に恵まれ、広い公園が周辺にあることから、元々良好な環境にあった。それ故、新たに公園を設ける必要性はない。ましてや、本件土地に、日照がない、風環境の悪い環境劣悪な広場状空地を設置することで、「市街地の環境の整備改善に資する」と評価し、容積率割り増し、高さ制限緩和等を認めることは、本末転倒であり、微塵の合理性もないことは明らかである。
イ ②の評価について
広場状空地は、公園として用いることがその性質上予定されている。公園の主な用途としては、子供の遊び場や近隣の人々の憩いの場である。それゆえ、子供が楽しく遊んだり、近隣の人々が楽しく語らい、休息を取るためには、日照というものは欠かせない要素である。裁判例においても、保育園の園庭の日照権侵害について判断した名古屋地裁昭和51年9月3日判決(判例時報832号9ページ)は、「園庭は、文字どおり屋外遊技場であり、また幼児が種々の遊具で遊ぶ場であり、或いは、飼育、栽培などの観察活動、作業活動を組織する場であって、保育室に勝るとも劣らぬ重要性を有しており、或いは保育室の延長をもって目すべきものである。このように園庭は幼児にとって生活の中心的場所であるので、これが日影になると、幼児の活動を刺激する明るい雰囲気がなくなり、特に、冬期において、幼児は園庭に出ないようになったり、遊具を使用しなくなったりし、幼児の遊び活動は停滞し、活発性を失うに至る。幼児の遊び活動が停滞すると、幼児の運動機能が減衰し、ひいては、その精神機能の発達も阻害されるおそれが生じる。」などと判示し、子供の遊び場における日照の重要性について述べている。また、都心の高級住宅街に所在する庭の日照権侵害について判断した東京地裁昭和52年2月28日判決(判例時報859号54ページ)・名古屋地裁昭和49年5月25日判決(判例時報756号92ページ)は、「その木の間からもれる日照の存在、その日照によって庭の地表が受けたであろう生命力を考えると、その従来有していた日照を本件建物の完成により奪うことは庭の樹木の自然のたたずまいを壊すであろうことが推認されるので」、住居と一体となり、そこに生活する者の快適な環境をつくりその健康で快適な生活を保障する庭についても、日照を確保することは必要であるとした。そして、この理は、当然公園の場合についても当然に妥当する。
このような日照の重要さに鑑み、横浜市市街地環境制度(甲5号証)の12ページにおいては、「住居系地域においては、冬至における真太陽時午前8時から午後4時までの間で、終日日影となる空地は公開空地とはみなさない」としているのである。
被告は、本件空地について、冬至の日においても約1時間から6時間の日照が確保されておりなどと評価しているが、本件広場状空地所在地の用途地域である第1種中高層住居専用地域の建築基準法上の日影規制(甲33号証※新規提出証拠)における日影時間が、2時間ないし5時間であることに鑑みれば、東京の冬至における日照時間約9時間25分のうち、本件広場状空地では、約1時間から6時間の日照「しか」ないと評価すべきである。本件広場状空地に満足な日照がないことは、甲6号証の1を見れば明らかである。
また、被告は、夏至の日については終日日影となる部分は発生しないなどと評価しているが、建築基準法上の日影規制は、冬至日の日影時間を基準としていること、裁判例において、日照権侵害の受忍限度は、冬至日の日照時間を基準としていること(甲●号証)に鑑みれば、日照時間の多寡を判断するにあたって、夏至の日を持ち出すことに合理性はない。
したがって、本件空地の日照時間に関する被告の評価には、合理性がないことは明白である。
ウ ③の評価について
被告は、本件空地には、井戸やマンホールトイレが設置され、地域の防災拠点となるなどと評価している。
しかしながら、本件建物には、753人もの住民が居住予定であり(乙5号証5-1計画概要書)、災害が起こった際には、本件空地は、本件建物居住者だけで飽和してしまうことになる。本件空地が、地域のための防災拠点とはいいつつも、本件建物住民のための防災拠点となることは明白である。そもそも、本件空地は、V字型の建物の間に位置しており、地震の際には、上層階からの落下物の危険にさらされることになることから、防災拠点に構造上、適していない。そして、本件建物周辺地域では、本件建物から50メートルほどの場所に所在する熊野神社が一時避難場所に指定され、地域住民によって有事の際の熊野神社を一時避難場所(防災拠点)とする避難訓練が毎年繰り返し行われているため、新たな防災拠点は必要ない。
したがって、本件空地を地域の防災拠点と評価する被告の判断は、本件空地の性能を過重に評価するものであり、合理性がない。
以上のように、被告の本件空地に対する評価は、明らかに合理性を欠いている。

(4)被告が処分をなすにあたり基礎とされた重要な事実に誤認があること
総合設計許可申請に際し、原宿住宅団地管理組合から東京都知事に対し提出されたモンタージュパース8-1-④及びモンタージュパース8-1-⑤(乙5号証)は、以下に述べるような偽りがある(平成22年6月7日付準備書面(1)参照)。

ア モンタージュパース8-1-④
①ピロティーの天井高さを現実の天井高さの約2倍とし、道路から空地 への連続性を偽っていること
②右から二列目の柱は現実には4本あるのに、3本しか描かないことで、 道路から空地への連続性を偽っていること
③柱の径を現実の柱の径よりも細くし、道路から空地への連続性を偽っ ていること
④太陽が北にあることにして本来日影になる空地に日が当たるように偽 っていること
イ モンタージュパース8-1-⑤
太陽が北にあることにして、日影になる空地を現実にはあり得ない明 るさに描いていること

原宿住宅団地管理組合が提出した虚偽のモンタージュパースによって、東京都知事は、モンタージュパースに描かれた絵が真実であると事実誤認して空地と道路の一体性を評価し、ピロティ裏の空地を道路等に面する空地と評価して本件許可処分をなしたのである。かかるモンタージュパースは、道路に対する開放性=都市への貢献の度合いが一番問題となっている箇所において、開放性を偽るものであるだけに、これが虚偽のモンタージュパースであったことは重大な事実である。
原判決は、公開空地の配置及び本件建築物との位置関係等は、基本的には、本件申請に係る申請書中の他の図面(平面図、断面図、配置図等)等によっても確認することが可能である(21ページ)などとして、事実誤認があったことを否定するが、2次元でしか描かれておらず、完成後の建物が容易に想像できない平面図、断面図、配置図などと異なり、モンタージュパースは、3次元で描かれており、一目で完成後の建物が視覚的・直観的に理解可能となるものであり、虚偽のモンタージュパースが、空地と道路の一体性ひいては本件空地の質についての評価に重大な事実誤認を及ぼしたことは明白である。
(5)小括
以上のように、本件総合設計許可処分をなすにあたっては、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くとともに、事実に対する評価が明らかに合理性を欠いている上、そもそも判断の過程において考慮すべき事情を考慮しておらず、その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠いていることから、東京都知事がなした本件総合設計許可処分は、裁量の逸脱濫用にあたる。

第6 手続違反
本件総合設計許可処分をなすにあたって開かれた公聴会において、東京都知事は、利害関係人ではないものを参加させた。このことは、本件要綱実施細目の規定による取扱要領(甲26号証)に反するものであり、手続違反である(平成23年3月10日付準備書面(4)14ページ以下、平成23年7月13日付準備書面(6)8ページ以下)。
これについて、原判決は、①公聴会は、特定行政庁の裁量的判断を適切に行うために開催されるものであること、②本件実施細目及び本件取扱要領には、利害関係人又はその代理人以外の者が公聴会において意見を述べることを禁ずる趣旨の定めが置かれていないことを理由として、手続違反の違法はないなどとしている(24ページ)。
しかしながら、②本件取扱要領には、「利害関係人又はその代理人」だけが意見を述べることが予定されており、それ以外の者の意見は予定されていない(甲26号証第3の3(1))。利害関係人又はその代理人以外の者が公聴会において意見することが認められてしまうならば、本件取扱要領の規定は、形骸化することとなり、行政運営の大原則である適正手続に反し、ひいては恣意的な行政運営を許すこととなる。①特定行政庁の裁量的判断を適切に行うために公聴会が開かれるとするならば、本件計画地から遠く離れた事業推進派の町会長を公聴会に出席させ、発言させることは、公聴会の公正な運営を大きく害され、それ故、裁量的判断をなすに際して恣意的な裁量が入り込む可能性が大きくなり、なおのこと許されることではない。
したがって、総合設計許可処分をなすにあたっての前提となる公聴会に重大な手続的瑕疵がある以上、本件総合設計許可処分は取り消されるべきである。

第7 結語
最高裁平成14年1月22日判決によって、総合設計許可処分取消について、近隣住民の原告適格が認められるようになってから約10年が経過した。その間、多数の総合設計許可処分取消訴訟が提起されたが、空地の質について正面から争点となった訴訟は、本件が初めてであろう。
本件建物の近隣住民である控訴人らは、それぞれの住居において、永年良好な住環境を享受してきたが、突如として高さ約60メートル、幅約50メートルもの地域性に全くそぐわない本件建物が建築されることを知らされ、驚愕するとともに、地域住民が一致団結して築き上げてきた良好な住環境が一部の者の利益のために崩されることに対して、怒りとともに強い失望感に襲われた。その上、高層マンション建築による住環境悪化の「代償」が、日の当らない、強風が吹きすさび、通り抜けもできないという劣悪な本件空地であることが判明し、絶望感にさいなまれている。
総合設計の特例によって、本来その場所にに立つはずのない高層マンションが建築され、住環境や景観が悪化したにも関わらず、地域住民は、その「代償」として本来得られるはずの「市街地の環境の整備改善に資する」空地も得られない。これではまさに「踏んだり蹴ったり」である。
裁判所においては、このような控訴人らの思いを汲みとり、どのような質の空地ならば「市街地の環境の整備改善に資する」のかということを明確に判断し、原判決を破棄し、控訴の趣旨記載のとおりの判断をされたい。

第8 今後の進行について
控訴人らは、控訴人らの意見陳述並びに有識者の意見書の提出を予定している。

以 上
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法の不備と、裁判官の「凡庸な悪」

そもそも、住環境を無視した、卑劣な口実に過ぎない規制緩和制度が問題なのだ。
裁判では、現行法を前提に闘わなければならない。そこが歯がゆい。
問題は二つ、住民の訴えを退ける、「原告適格」にかかわる不当な法律と、不条理な規制緩和を許す、開発優先としか言えない不当な法律。
さらに、法の不備を口実にに、正義に目をつぶる裁判官達は、ハンナ・アレントのいう「凡庸な悪」を犯す、アイヒマンと同様の輩である。

週刊現代『ジャーナリストの目』 ――ヒラメ裁判官を生む人事統制のカラクリ

裁判官は良心に基づいて行動できるよう憲法で手厚く身分を保証されている。その彼らがなぜヒラメ(上ばかり見る)裁判官になってしまうのか。
http://b.hatena.ne.jp/entry/21599169
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