【原宿団地】総合設計制度許可処分取消訴訟の口頭弁論のお知らせ

原宿団地の再開発問題では、地元町会長らが、「原宿団地の建替えを応援する」という文書を作って渋谷区に提出し、更に東京都へ提出され総合設計制度許可に利用されていたことが明らかになり、地元住民と一部町会長らの間に大きな軋轢を生んでいる。
原宿団地(渋谷区神宮前3丁目)の控訴審第1回口頭弁論は、12月19日(月)11:00より、東京高裁809号法廷で開かれた。
以下は、控訴人準備書面である。

控訴人準備書面(1)

平成23年12月19日

東京高等裁判所第9民事部 御中

控訴人ら訴訟代理人弁護士 本間久雄

第1 はじめに
平成23年11月24日付控訴理由書を提出したが、本準備書面では、控訴理由書を補充し、さらに控訴人らの主張を展開していくこととする。

第2 総合設計制度に対する裁量統制の必要性~総合設計制度の問題点~
1 総合設計制度の問題点
総合設計制度は、以下に述べるように、制度的に大きな問題点をはらんでいる(以下、全体として、生田長人「都市法入門講義」(信山社)332ページ以下参照(甲38号証))。
(1)集団規制の緩和は、本来的には都市計画で決定されるべきこと
総合設計許可処分により、容積率や高さ制限などが緩和されるが、元来、それらの規制は、都市計画の観点からの集団規制であるから、建築規制を本来的な職務とする特定行政庁より都市計画所管行政庁が判断するのが妥当である(荒秀「総合設計制度批判」(甲39号証37ページ))。
総合設計制度と内容上類似している制度として特定街区制度がある(都市計画法8条3項、同法9条19号)。特定街区の場合、都市計画として決定されるため、その手続過程において周辺関係者の意見を反映することができる(都市計画法17条3項)ことに加えて、都市計画運用指針(平成12年12月28日建設省都市局長通知)において「特定街区は、建築基準法の建ぺい率、高さ等に関する一般的制限規定が適用されないため、都市計画において建築物の位置及び形態を決めるに当たっては、隣地及び周辺市街地との相隣関係に十分考慮し、かつ、都市環境を損なわないよう定めるべきである」とされており、実質的な調整が行われている。それに対し、総合設計制度自体は、周辺との調整のための仕組みを内蔵しておらず、都市計画上の制度でもないため、特定街区とは異なり、都市計画上の調整は行われない。実際にベースとして定められている都市計画との実質的調整は、国の許可準則及び地方公共団体の許可要綱等に基づいて、特定行政庁が判断する形となっているが、特定行政庁のこの判断は敷地の条件に着目した判断に重点が置かれ、周辺の空間秩序との調和に配慮が払われない仕組みとなっている。
総合設計とはいえ部分的都市計画変更の効果をもたらすものである。しかもこれが比較的近距離に連続して生ずることもあり、総合設計の集合的判断が必要とされる現在、基準法上の許可に委ねる妥当性が問題となる(甲39号証37ページ)。
(2)建築紛争を惹起させること(甲38号証332ページ以下)
総合設計制度においては、容積率の増加や建築物の高さにより生じる周辺へのマイナスの影響と公開空地の提供等による地域へのプラスの影響との関係が重要なポイントとなるが、そもそも公開空地等の存在が、割増容積率という公共空間の使用と引き換えられるものかどうかという基本的なところで、この制度には説得力が欠けるところがあるという印象がぬぐえない。建築物の高さ等の点において地域へ与えるマイナスが大きく、公開空地が余り意味のない形となっている場合、周辺地域との紛争につながるおそれが強くなる傾向にある。 最近の総合設計では、建築物の高さが100メートルを超え、周辺の建築物の水準と調和のとれないものが増加しており、建築紛争につながる状況がしばしばみられる。特に、敷地規模が比較的狭いもの(敷地規模5000㎡未満)については、周辺にとって意味のある有効な公開空地がとれないにも関わらず、周辺状況から突出した高さの建築物が建てられるため、紛争になることが多い(「近隣調整による総合設計許可手続の長期化の実態」(藤井、小泉、大方)2002都市計画論文集643ページ)。
(3)基盤施設に対する負担が大きいこと(甲38号証334ページ以下)
総合設計制度は、高度利用を可能にする基盤施設が存在することが基本条件とされており、建築に当たって基盤施設の整備を伴うことはほとんど無く、地域に貢献する公開空地の提供を前提に容積率の嵩上げを許容しているが、高さ等に関するマイナスばかりでなく、その根底に既存基盤施設へのいわゆるただ乗りという面が認められ、交通の渋滞等を惹起するケースも少なくない。ちなみに、前述の特定街区制度は、道路等の基盤条件の改善に関する事項を計画の視野に入れている点で、都市への適合性は相対的に高い。
(4)通達・要綱行政の問題点(甲39号証35ページ以下)
総合設計制度は、建築基準法59条の2の文言が抽象的であるため、その運用は、通達や要綱によっている。しかしながら、高地価による土地の経済的効率の最大限の利用欲求もあり、時には行き過ぎと思われる事例を生じ、その限界を設ける必要がある。また、通達・要綱行政は、法規命令を超えていきなり通達で内容を埋めることが妥当なのかの問題、行政立法が手続的、細目的、技術的な執行命令のほかは委任命令とすると、法律で委任規定がなければ、立法の趣旨は行政裁量に委ねたと解して通達によるとしても、都市計画法のように、条例制定の規定がないことから直ちに通達によることが許されるか、通達によることが許されるとしても現状は行き過ぎた通達行政になっていないか、法の事実上の変遷と解し得るのであればその許容範囲以内のものか、したがって新たな立法上の手当を要するものでないか等の問題をはらんでいる。
2 裁量統制の必要性
従前の裁判例では、総合設計制度について、「専門的技術的裁量」の名のもとに、特定行政庁に広範な裁量権を認めてきて、総合設計の抱える弊害について追認する態度を示してきた。
しかしながら、総合設計制度は、前述のように、極めて重大な問題点をはらんだ制度であることから、早急に是正する必要がある。特に、本件の場合、公開空地という総合設計制度の根本を支える存在に、重大な瑕疵がある。
したがって、控訴審におかれては、原判決のように、「合理的裁量の範囲内」という「マジックワード」で審理を済ますのではなく、日光太郎杉東京高裁判決や林試の森事件最高裁判決のように、行政庁の判断過程を綿密に審査し、判断過程に瑕疵がないかどうかを慎重に審理されたい。

第2 ①総合設計許可基準の合理性の有無についての補充
1 他事考慮
(1)建築基準法1条は、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」とし、建築基準法の目的について、警察規制が原則であるとしている。
そして、建築基準法59条の2も、「その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建ぺい率、容積率及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したものの容積率又は各部分の高さは、その許可の範囲内において、第五十二条第一項から第九項まで、第五十五条第一項、第五十六条又は第五十七条の二第六項の規定による限度を超えるものとすることができる。」とし、許可にあたっての考慮要素に警察規制的な要素を掲げている。
それにもかかわらず、本件要綱は、共同住宅の建て替えの場合、他の類型の総合設計に比して大幅なボーナスを与えている(控訴理由書5ページ参照)。共同住宅建替促進という政策目的を達成するために、一般の総合設計に比して、過度のボーナスを与えることは、警察規制が原則という建築基準法の目的にから強く逸脱し、他事考慮の違法になる。前述の荒秀も、「現代行政の総合性から、政策目的実現のためには若干の法制度の不適切は目こぼしするとしても、それは一時的・緊急的なものとしてならばともかく、長期的に行うためにはそのような法改正を行うべきであって、なし崩し的にこれをずるずる拡張することは将来問題を残すと思われるのである。」と述べている(甲39号証43ページ)。
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻の大方潤一郎教授、同小泉秀樹助教授(当時)は、「そもそも総合設計制度とは、公開の広場の設置など市街地の環境の向上に貢献する整備を自発的に行う建築に対し、その整備コストを補ってやや余りある容積率割増などのインセンティブを与え、こうした整備を促進しようとする制度である。建物の敷地内に広場を設けても、建物の延床面積が減るわけではないから、その設置のコストや建物が細く高くなることによる工費・維持費の上昇は、さほど大きなものではない。したがって容積率割増によるインセンティブも、さほど大きなものである必要はなく、基準容積率の2割増程度をインセンティブの上限としても十分本来の機能を発揮できる性質のものである。(中略)ところが日本では、「都心居住促進」を目的として、1980年代半ばから総合設計制度による容積率割増の対象と割増量の拡大が繰り返されてきたところである。2001年現在、たとえば東京都の都心居住型総合設計制度では、十分な空地を確保しかつ延床面積の3分の2以上が住宅である開発の場合、容積率割増の限度は基準容積率の2倍まで(ただし割増分の容積率は400%を限度とする)という制度創設当初の主旨からは相当逸脱した運用が行われている。こうした拡大は、法改正によらず、政令や準則の改正によって行うことが可能であったため、安易に行われてきた面があることを否めない。その結果、今日の東京の総合設計制度による容積率割増は、周囲の市街地の実態とも、都市計画として決定された用途地域の想定する市街地の形状とも、大きくかけ離れた高さのマンション開発等を可能にしている。こうした開発計画に対しては、当然、周囲の住民等の強い反対が起きることになる。」(甲40号証)などと述べ、政策目的で必要以上に容積率を割増することに強い疑問を呈している。
(2)また、そもそも、マンションの建替えの誘導といっても、マンション建て替えに際して、総合設計許可処分によってどのようなマンションでも一律に容積率アップを図る必要性はないはずである。総合設計制度を用いなくとも、余剰容積があるマンションがあり、そのようなマンションには、共同住宅建替誘導型総合設計を用いて必要以上に容積率を割増する必要性はないし、ましてや、そのようなマンションの地権者の儲けのために、近隣住民は、環境悪化を甘受させられるいわれもない。
本件マンションの場合、共同住宅建替誘導型総合設計を用いた本件建て替えによって、平均還元率200%前後(平均床面積が、35.38㎡から76.52㎡となる(甲41号証))もの巨利を得る(甲28号証)こととなる。本件マンションの場合、地価や余剰容積率の状況からいって、総合設計を用いなくとも、平均還元率100%以上の満足のいく建替えが達成できたはずであるが。本件では、このような地権者の暴利のために、地域住民が犠牲となるという極めて不合理な事態が惹起されているのである。
したがって、個々のマンションの状況を考慮することなく、マンションの建替えという大義名分があれば、他の総合設計の類型に比して、一律に容積率の割増しを認める共同住宅建替誘導型総合設計を規定している、本件要綱には、合理性はない。
2 総合設計の質についての基準がないこと
(1)東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻の大方潤一郎教授、同小泉秀樹助教授(当時)は、地域の状況を無視した一律的基準の適用は、杜撰なだけでなく住環境を破壊する危険性の高い方式であるなどと述べ(甲40号証4ページ以下)、数値基準だけをもとに、一律に総合設計の許可を行っていくことについて、強い懸念を示している。
(2)平成22年4月、東京都総合設計許可要綱が改正された(甲42号証の1ないし3)。被控訴人は、その改正の眼目として、環境やみどり等の建築計画の質を重視した評価方法の導入を掲げ、「公開空地による割増容積率の算定に当たり、空地の面積や形状による評価を低減する一方で、緑化等による空地の質、住宅性能や高齢者住宅の整備、建築物の環境性能による評価を重視します。」とし(甲42号証の1)、被控訴人は、総合設計の質について改正前の要綱では、一切考慮していなかったことを認めた(甲42号証の2)。
このことは、総合設計の質について、要綱で一切考慮しなかった本件要綱に、合理性がないことを示す重要な事実である。

第3 ②計画建築物の許可基準の適合性の有無についての補充
1 外壁面の後退距離違反について
平成22年4月の東京都総合設計許可要綱改正に際して、隣地境界線からの建物外壁面を本件要綱と比して2メートル後退させなければならなくなった(甲42号証の2)。その理由として、被告は、「周辺地域への圧迫感の軽減等を図るため」という点を挙げている(甲42号証の1)。
このことは、従前の外壁面の後退距離が不十分であったことを被告自身が自認していることを示すものである。
そして、道路境界線からの外壁面の後退距離の例外の基準が、「落下物に対する危険防止の措置を有効に講じている」という要件から、「外壁の開口部を開閉しない仕様とするなどの危険防止の措置を講じている」という危険防止の措置内容について具体的な例示をした要件へと変更された(甲42号証の3の8ページ)。「外壁の開口部を開閉しない仕様」とは、建物の居住者が、故意または過失により、建物から物を落下させることが客観的に不可能な仕様であり、控訴人らが主張している外壁面の後退距離の例外の基準の解釈(「客観的に落下物の危険性がないといえる程度まで危険防止の措置を有効に講じている」)と合致し、控訴人らの解釈の正しさを裏付けるものである。

第4 ③(裁量の逸脱濫用ならしめる)特段の事情の有無についての補充
1 裁量統制の基準
東京大学法学部教授山本隆司は、「近時の最高裁の判例は、判断過程の統制という行政裁量の統制方法を、行政裁量の幅が大きい、換言すれば裁量統制が強く抑制される場合まで、原則として採用している。」とし、裁量統制の方法として、判断過程審査が確立しているとした上で、「行政裁量を制約する因子の側からいえば、比例原則により保護される権利利益(の範囲)、一般的に優先して考慮しなければならない利益、そこまではいえないとしても比較的重視しなければならない利益、重視してはならない利益、考慮してはならない利益などを、憲法や行政作用の関係法令等を根拠にして、区別することが重要である。最高裁の近時の判例を、それぞれの1審・2審の判断方法と比べると、比較的重視しなければならない利益を行政機関が過小評価したことを理由に、裁量権の行使に違法があるとするものが際立っている。このように考えると、ある行政決定につき裁量の幅が大きいか小さいかという一般論のもつ意義は、小さくなるものと考えられる。」と述べ(甲43号証。「判例から探究する行政法第27回行政裁量(5)(法学教室363号)」100ページ以下)、原判決判示のような「特定行政庁の専門的、技術的な裁量に委ねられているものと解されるから、裁判所は、同項の規定の趣旨を踏まえて、特定行政庁の判断がそのような合理的裁量の範囲内のものであるかを審査すべきものというべきである。」(16ページ)といった裁量の大小に着目した議論は意味をなさないとしている。
したがって、裁量審査にあたっては、何がもっとも重視すべき諸要素か、それらが軽視されていないか、他事考慮となる事項は何か、当該事項が考慮されたか、本来過大に評価すべきでない事項は何か、それらが過大評価されたか否かについて、綿密に審査すべきである。
2 総合設計許可処分における考慮要素
総合設計許可処分によって、容積率、斜線制限及び絶対高さの制限が緩和されることとなるが、建築基準法59条の2の規定文言・文字からは、インセンティブを与える要件は、空地の存在だけである(甲39号証43ページ)。それゆえ、総合設計許可処分をなすにあたって、空地の質の考慮は、極めて重要な考慮要素である。総合設計許可処分をなすにあたって、空地の質を考慮すべきことが重要であることは、以下に述べる各種説明資料・答申等からも明らかである。

①総合設計に基づく再開発融資制度のための建設省市街地建築課の大蔵省に対する説明資料(甲39号証42ページ)
公開空地は単なる空間ではなく、市民の憩い、休養、レクリエーションのため必要。特に車の害から逃れた歩行者のためのスペースたることが必要。駐車場などに利用されることは公開空地の理念から反する。臨時的露店、屋台などはむしろ人間的活動を取り戻すものとして歓迎されるが、常設的営業は反する。
②建築知識1986年2月号115ページ(甲39号証49ページ)
第三者が利用しやすい、空地として設定することが重要である。現実には総合設計の計画案の中には、単に空地である部分をそのまま公開空地として色塗りしているような者も見受けられる。特に共同住宅などの計画で、公開空地の趣旨を理解せずプライベートな部分とパブリックの部分を区別できないものもある。例えば、共同住宅のバルコニー側の窓先のような部分は他人が入り込んでほしくない空間である。このような部分は公開空地から分離し、むしろ私的空地として確保するような計画が自然であろう。
③総合設計制度委員会答申要旨(甲39号証55ページ)
憩い、休養、あるいはレクリエーション等、自動車によりアクティビティが奪われた市民のための市街地空間でなければならない。したがって、一般に公開され、市民が自由に入り利用できる空地であることが必要とされる。歩行者の為のスペースたることが必要とされる。駐車場に利用されることは望ましくない。常設的営業は趣旨に反するが臨時的屋台などは人間的活動を取り戻すものとして許されよう。ただ公共空間と言っても私有地だから、完成後の使用状況をどのように監視するかが問題である。
※「以上のことから言えば空地とは公共あるいは公開のもので一般住民、歩行者という不特定多数の者がリラックスのために自由に利用できる土地であるということが確認されたということであろう。」という荒秀のコメントがある。

3 広場状空地における日照の重要性
被控訴人作成の公開空地等のみどりづくり指針に関する手引は、広場状空地の機能として、ア歩行者動線との整合(人が溜まる空間と歩行空間を明確に分ける)、イ休養機能、ウ緑陰を掲げている(甲4号証12ページ以下)。このことから、広場状空地は、公園としての役割を期待されていることになる。
日照権を確立した最高裁昭和47年6月27日判決が、「居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益」と述べているとおり、日照というものは、快適で健康な生活に必要な生活利益である。広場状空地(公園)にも、日照がないと、人が休養するために広場状空地(公園)に溜まることは考えにくいし(奇しくも本件控訴審の第一回期日は、冬至の4日前であるが、冬至の日に、甲6号証の1のような終日ほぼ日影の寒風ふきすさぶ(甲29号証)広場状空地(公園)に自ら欲して溜まり休養を取ろうと考える者がいるかどうかは、少し想像を働かせれば分かることである。)、日照がない場合、緑陰というものはそもそも考えられない(あたたかい木漏れ日が発生する樹の影ではなく、全面的に影が発生するコンクリートの建物の陰である)。
ある住民運動のホームページに、日の当らない公園について、「冬はビル風とビルの日影でとても寒い公園になりそうです。このままでは、子どもづれの家族が芝生に座ってゆっくり楽しんでいる姿をそうぞうできない公園になりそうです。本来なら、この跡地のシンボルになるべき公園ですが、このままでは負のシンボルになってしまいそうです。」(甲44号証)と記述されているとおり、日の当らない公園は、休養機能等を発揮しえないどころか、地域にとってマイナスの存在にしかならない。
広場状空地(公園)における日照の重要性に鑑み、横浜市市街地環境設計制度は、「住居系地域においては、冬至における真太陽時午前8時から午後4時の間で、終日日影となる空地は公開空地とみなさない。」(甲5号証12ページ)と定め、さいたま市の開発行為に係る公園整備基準は、「公園内の日照は、冬至日において9時から15時までの間に、公園の主要部分で概ね4時間以上確保しなければならない。」(甲45号証3-5-1)と定めている(さいたま市の基準では、本件広場状空地は、その大部分が、冬至において日照が4時間以下である(甲6号証の1)ため、公園としての要件を満たさないことになる。)のである。
そして、被控訴人自身も、広場状空地(公園)における日照の重要性を認め、平成22年4月の東京都総合設計許可要綱の改正時に、「広場状空地及び水辺沿い空地のうち、計画建築物により冬至時の真太陽時の午前8時から午後4時までの間で全ての時間帯で日影となる部分」については、有効係数を0.8とし、マイナスの評価をしている(甲42号証の3の17ページ以下)。また、平成22年4月東京都総合設計許可要綱改正以前にも、前述の「公開空地等のみどりづくり指針に関する手引」があり、同手引きが、広場状空地の配慮事項に、「(ア)歩行動線との整合をとる、(イ)休養機能を持たせる、(ウ)緑陰を確保する」と掲げている(甲4号証6ページ)以上、広場状空地が「市街地の環境の整備改善」に資するか否かを審査するにあたっては、広場状空地がかかる配慮事項を満たしているか否かを十分に審査する必要があった。
以上より、広場状空地の評価にあたっては、日照の多寡を十分に考慮する必要がある。それにもかかわらず、総合設計の公聴会において、地域住民から大部分の広場状空地が冬至時に終日日影となると指摘されていたにも関わらず(甲30号証、甲31号証)、東京都知事は、そのことについて特段の考慮も検討も加えることもせずに、総合設計許可処分を行ってしまった(甲32号証、甲33号証)。したがって、東京都知事は、考慮すべき事項を考慮していない。
4 被控訴人の事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと
(1)①本件建物から半径約300メートル以内の範囲には、まとまった公園施設がないとの評価について
本件建物の周辺は、緑に恵まれ、広い公園が周辺にあることから、元々良好な環境にあり、新たな公園など必要ないことは、控訴理由書18ページで述べたとおりである。
被控訴人は、広場状空地(もっとも、本件広場状空地が劣悪であることは、控訴人が再三主張しているところである。)が存在していること自体が、地域に貢献しているなどと評価しているかもしれないが、地域に誰でも立ち入ることができるオープンスペースは、不審者の徘徊等の防犯上の問題を惹起したり(甲4号証15ページ参照)、不良少年やホームレスの溜まり場になるなど(甲46号証12ページ)、地域にとって大きなマイナスとなり得るものであり、広場状空地の質や用途を考えずに、その存在のみから地域に貢献していると評価することは明らかに合理性を欠く評価である。
(2)③防災拠点としても活用できるとの評価について
本件建物の半径200メートル以内の場所には、一時避難場所として、熊野神社・妙円寺・ケアコミュニティ原宿の丘があり(甲47号証の1、2)、十分な防災拠点があり、新たに防災拠点を設ける必要性はない。
また、本件広場状空地は、V字型の建物の間に位置しており、大火の際などには周辺に火が回ると逃げ場が少なく避難が困難となる。特に、本件広場状空地は、構造上ビル風の影響を受けやすく(甲29号証)、関東大震災の際に多くの人命を奪った(甲48号証)火災旋風(甲49号証)によって、大惨事が起こる可能性が高い。ビル風によって火災旋風が起こる可能性が極めて強いことは、数多く指摘されていることである(甲50号証(なお、甲50号証では、控訴理由書で控訴人が主張した高層建築物からの落下物の危険性が指摘されている。)、甲51号証)。
このように、本件広場状空地は、構造上、防災拠点として用いることは極めて危険であり、防災拠点として活用できるとの評価は、明らかに誤っている。

以 上
      
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No title

「地元に保育園を作ってください」という要望書は無視
「高層ビルどうぞ」という要望書は、こっそり作って、内緒で提出。

きっと「どうぞ」と喜ぶのは、地権者でも桑原寄りの、がっつり儲ける口。だいたい、町会がいつから地域の民意になったの?
町会長なんか選挙したっけ?そもそも誰が「地域」なの?
区長の御用聞きが地域代表の顔して、地元を売ってどうする。

No title

こんなこと、許せません。
もう泣き寝入りもおしまい。
霞が関で徹底的にやりましょう。

No title

裁判の行方や結果も気になりますが、問題なのは、やはりこのような事が渋谷の役所ではどうにもならないってことです。「クワハラの腹の虫」で物事が決まって行く渋谷区では、外で闘うしかないのです。
そして、区民が、渋谷区の外で区政を問題にすることは、社会的意義も大きいと思います。関係者は多大な時間と、お金をかけて渋谷区に対して区民の思いを伝える努力をしていらっしゃいます。
本来区民の生活を守るための区政が区民を苦しめ、区長と一部区民の利益享受に行政が利用されているのは許せません。

No title

財政豊かな渋谷区を目指して生活保護受給希望者がたくさん渋谷区に流入しています。
貧困ビジネスの温床に、渋谷の財源が狙われています。

それでも、区長がどうでもいいことに勝手にお金を使うより困った人に手を差し伸べることの方が百倍ましだと思います。

しかし・・・日本は、東京は・・・渋谷は・・・自分たちは・・・はこのままでよいのでしょうか?

豊かな財源を求め流入する区民数と、これから渋谷で納税してくれる区民。そのために、便利な渋谷で働きながら、仕事と家庭を両立させるために「保育園」が欲しいという保護者と・・・区は一体どこを見て、誰のために何をしようとしているのでしょうか?

能の観劇?花菖蒲?新年のパーティ?
地元の町会も補助金もらって、飲み会ばかり。

こんなのでいいんでしょうか?
オンブズマンだけじゃなく、一般の区民がもっと考え行動しなくてはいけませんよね。リコールしかり・・・

本気で考えましょう。4年も待てません。

選挙の意味

大阪では市立幼稚園が民営化されるとか・・・
渋谷では区の幼稚園存続の請願が議会で・・・

大阪は3人に一人が生活保護受給者という場所も存在し、市の財政が破たん寸前。「無駄」が多い二重行政を廃し「大阪府」構想を打ち出した橋下さんが当選しました。
教育も教育委員会だけでなく行政の長と相談して教育目標等を決定する。教師の評価もする・・・

様々問題はあるでしょうが、「やってくれる」「やらかしそうなヤツ」に期待したい・・・この閉塞感をなんとかしたい。今後の「崩壊」を身にしみて感じている民意が「やらないよりやってみなはれ」と彼を選んだに違いない。

それに比べ、豊かな渋谷区は、区長が自宅隣地を六億円で買い、更に四億円で買い増し。区議会議員は自分の利権に固執して区長のご機嫌取り。地元町会は「こづかい」稼ぎで「補助金」で飲み代稼ぎ・・・レベルが違うってば。

必死になって自分の自治体の起死回生のために働く首長と、公用車にシッコ漏らしながら自分のためにおむつして能を鑑賞する糞爺。
ほんと、大阪の改革と渋谷を連動させてくれと叫びたい。

橋下が自宅隣地の土地十億で・・・買いますか?
能を鑑賞しますか?客呼んで、税金で。

でも、幼稚園は民営化するでしょう。廃園もあるでしょう。
もしかしたら、地域の土地のビルの建て替えも後押しするかもしれません。でも、それは防災のためだったり、予算のためだったり、地域の経済のためだったり・・・
全体の収支の中での判断だと思います。そして何より、ご自身にはお子さんも多く、公教育によって育った「貧困家庭」を知る首長は、真に行政の手が必要な介護のいる子どもを私立で閉めだしたりしないのではないでしょうか?
そのようなことも含め、「覚悟」のある首長のやることを全国民が期待しているのではないでしょうか?


No tite

次は都議会へと既に狙う自民党区議か?次ほ都から区長へと向かう。どちらも金も権力もと方張るがまずは区民が第一ではないだろか。

購入者へのリスクの押しつけです!

東京都文京区本駒込6丁目、
六義園に面した落ち着いた街並みに
常識では考えられないマンション計画が
予定されています。
http://www.youtube.com/watch?v=MwO7l0FJNto

No title

原宿団地建て替え(神宮前レジデンス)により街の環境は間違いなく激変する。
キラー通り向かい側の家々は、日照が殆ど無くなるだけでなく、大変な圧迫感を日々感じるだろう。
影響を強く受けるにも関わらず、声を上げない人達は何を考えているのだろうか。「人任せにすればいい」という感覚しかないのだろうか?
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