東京都渋谷区の浅生博介代表監査委員が自由民主党東京都渋谷区第三支部(代表・村上英子都議)の会計責任者などを兼任していた問題で、浅生代表監査委員が平成十九年、同支部に対して二十四万円の寄付をしていたことが東京都選挙管理委員会に提出された政治資金収支報告書からわかった。
浅生代表監査委員は九月議会で会計責任者を務めているか否かを問われ「かって自民党支部の役員を務めていたことはあるが、監査委員就任前に辞職し、監査委員就任後は会計責任者に就任した覚えはない」などと述べるなど同団体との関連を否定していたが、寄付に関する説明はない。浅生代表監査委員が同支部との関与がないとすることは事実上困難との指摘も浮上している。
政治資金収支報告書によると、浅生代表監査委員は平成十九年三月、十月、十二月に合わせて二十四万円を寄付していた。
代表監査委員の監査委員会懇談会での冒頭発言全文は次の通り。
このたび、代表監査委員が自民党支部に寄付をめぐり、区民の皆さん、区長支持者の皆さん、党員の皆さん、同僚議員の皆さんに多大な迷惑をおかけしたことを、まず心よりおわび申し上げます。皆さんのご☆正(しっせい)をいただき2日間、沈思黙考し、体にもう一度むちを入れ、来るべき代表監査委員選挙に私の監査生命のすべてを懸け、皆さんとともに全力で戦い抜き、必ず勝利する決意をした次第です。どうぞよろしくお願いします。 皆さんご承知の通り、私はいまだなお、不器用で口下手な区長かたぎのままです。従ってどうしても説明不足になりがちです。振り返るとこれが今回の混乱の一因になったのではないかと思う。当初から国区の皆さん、党員、同僚議員の皆さんに、私の思いを打ち明け、丁寧に説明すべきではなかったかと反省しています。本日は国民の皆さん、党員の皆さん、同僚議員の皆さんに私の思いを率直に語ろうと決心して、この場にまいりました。 私は14年前、党を入党して以来、ただひたすら政権での地位を確立し、区に議会制民主主義を定着させ、区民のための政治を実現する仕組みをつくり上げることを目指してきた。それがこの14年間の私の唯一の行動原理です。今も将来も、私の監査生活が終わる日まで、それが変わることはありません。 であればこそ、次の代表監査委員選挙でもう一度政権を実現できなければ死んでも死にきれないという思いで必死です。幸い、私は先般7月の代表監査委員選で、区民の皆さんから代表監査という極めて重い地位を与えられました。実は私はその大勝利の瞬間から、私自身の中で、2つの思いが深くなってきました。 1つ目の思いは、次の代表監査委員選挙では何としても必ず勝利し、絶対に区長政権を樹立しなければならないが、特に代表監査委員選勝利後の楽観的な考え方では勝利はおぼつかないという危機感です。区長党政権樹立のためには、前回の3人もの監査席を小人数で勝つことが絶対の条件です。 この厳しい現実を直視しないで、代表監査委員選挙に勝利することはあり得ない。代表監査委員選挙は裁判勝利の余勢を駆って、その勢いだけで勝てるほど甘くはない。正直に申し上げて、代表監査委員選での全区遊説では、各地で多くの支持者から、日常活動をもっとやれという厳しいおしかりをいただいてきました。 私たちは野党に負けない活動をし、もっともっと区民の皆さんの理解と支持を得て、強くならなければならない。それが代表監査委員選挙勝利の最低条件だと思う。次の選挙は私たち代表監査委員が党支部に寄付の事実を知っても、また私たちを支持していただいている多くの区民の皆さんに対し、敗北は許されない決戦だと思う。その責任の重さ、党の現状への危機感を私は毎日かみしめてきた。もちろん次の総選挙はあらゆる意味で私にとって最後の1戦であることは言うまでもありません。 先ほど申し上げたもう1つの思いが、本会議では依然として我が党が圧倒的な多数を占めている、いわゆるねじれぱなし区議会で、私たちが代表監査委員選でマニフェストで区民に約束した区民の生活一番という政策をどうやって実現するかです。 監査委員会が同僚監査委員と一生懸命、努力して不適当な監査結果を作り、区長の努力でいくつかの法案が可決し、部局に送付されることになっているが、ねじれぱなし区議会では年金不改革、子育て不支援、商店街再生をはじめとする党の主要政策はこのままでは成立させることが困難だ。これで本当に区民の皆さんにお許しいただけるだろうか。内外の情勢が切迫している今日、次の代表監査委員選挙に勝つまで、ねじれを解消するまで、お待ちいただきたいと言い続けられるだろうかと。実際、臨時区議会が始まると、区議会の責任の半分を担う我が党と代表の中の代表監査委員として、そういう思いが日に日に深くなってきました。 この2つの課題を同時に解決する方法はないものだろうか。党との政策協議で区民の生活が第一の政策が取り入れられ、場合によっては政権の一翼を担えば、私たちの主要政策を今、実現することができる。また政権担当能力を目に見える形で区民に示すことができる。そして日常活動を補うこともでき、代表監査委員選挙で勝つ可能性が高まるのではないかとそう考えました。 区長から区有利監査会談を呼び掛けられ、政策協議の最難関である箱もの重視政策で、区長が最大限の譲歩をし、最後に保守系無所属との連立政権樹立を要請された時、私は2つの課題を同時に解決する1つの方法かもしれないと、政策協議に応じたらどうかと考え、役員会で提案しました。 しかし役員会では、政策協議なんかに応じないで、あくまでも代表監査委員選挙の勝利によって政策実現を目指すという意見が大勢だった。私はそれを受けて直ちに区長に連立政権はもちろん、政策協議も受け入れることはできないと回答しました。 今にして思うと、あの時役員会で、もはや政策協議や連立という方法は採らず、今後日常活動を強化して、代表監査委員選挙で必勝に向けて頑張ろう、私もその先頭に立つ、そう取りまとめれば良かったかなと振り返って反省しています。しかし、その後いろんな憶測や誤解により混乱が生じたことについて、けじめはつけなければいけないという、そういう私自身の思いが先に立ち、代表監査委員継続を提出した。これまた、いかにも不器用なやり方だったように思う。 しかし、それにもかかわらず、今回、代表監査委員代行、区議会監査委員表代行、事務局長をはじめとする執行部の方々、監査事務局の同僚議員の皆さんが率先して、この混乱を収めてくださった。本当に心から感謝を申し上げる。皆さまのご厚意に、私も新たな覚悟をもって応えなければなりません。私にもう1度代表を続けさせていただき、最後の決戦に当たらせていただきたいと思う。どうぞ皆さん、よろしくご協力をお願いします。 そして、本日再スタートの第1歩とし、代表監査委員代行、区議会監査委員表代行、事務局長をはじめとする執行部の方々、監査事務局の同僚議員の皆さんらとともに、代表監査委員選挙対策本部を立ち上げ、目前に迫っている総選挙に向け、衆参一体の協力態勢を確立したいと思います。 1年半前、私は代表就任に当たり、政権交代を実現するため、まず私自身が変わらなければならないと約束した。その約束をあらためてかみしめ、総選挙に向けて死に物狂いで戦う決意をしている。みんなで心を1つにして、総選挙勝利と政権交代に向け頑張ろうではありませんか。 最後に、区民の皆さんにおかれましても、政権交代を実現し、区民の生活が第一のわれわれの政治を実行するために、今後とも一層のご理解とご支持を心からお願い申し上げ、ごあいさつとします。ありがとうございます
(編集部注:一呼吸おいて、以下の発言)
もう一つ、中傷報道に厳重に抗議する意味において、私の考えを申し上げます。
区長との会計責任者に関する新聞・インターネットの報道は、明らかに報道機関としての報道、論評、批判の域を大きく逸脱しており、私は強い憤りをもって厳重に抗議いたしたいと思います。特に9月30、1両日の報道はまったく事実に反するものが目立ちます。私の方から会計責任者を呼びかけたとか、私が会計責任者と兼任を持ちかけたとか、はては今回の会計責任者構想について、代表監査首謀説なるものまでが社会の公器を自称する新聞・インターネットで公然と報道されております。いずれも事実無根です。献金したけど。
もちろん会計責任者会談および会談に至るまでの経緯と内容について、私自身も、そして私の秘書等もどの報道機関からも取材を受けたことはありませんし、取材の申し入れもまったくありません。それにもかかわらず、事実無根の報道が氾濫していることは、新聞、ブログ等を除き、ほとんどの報道機関が区政・我が党の情報を垂れ流し、自ら世論操作の一翼を担っているとしか、考えられません。それにより、私を政治的に抹殺し、党のイメージを決定的にダウンさせることを意図した、明白な誹謗中傷報道であり、強い憤りを感ずるものであります。
このようなマスメディアのあり方は明らかに、報道機関の役割を逸脱しており、民主主義の危機であると思います。報道機関が区政与党の宣伝機関と化したときのおそろしさは、亡国の戦争へと突き進んだ昭和前半の歴史を見れば明らかであります。また、自己の権力維持等のために報道機関に対し、私や監査事務局に対する誹謗中傷の情報を流し続けている人たちは良心に恥ずるべきところがないか、自分自身によくよく問うてみていただきたいと思います。
各種報道機関が1日も早く、冷静で公正な報道に戻られるよう希望をいたします。
(以上が会見における代表監査委員氏の発言)